再訪 夢の百貨店へ 祝 5000pv 突破記念!

   新保 博久著 冬樹社1989.8刊

吉祥寺、井の頭公園の入り口あたりにこんなお店があったら、冷やかしがてら店内を散歩して、結局思わぬ散財をしてしまうだろう。何とも品揃えの素敵な、夢の百貨店である。「ペットショップ」から、「ハウジングセンター」まで(勿論トイレも大食堂だってある)そろってはいるけれど、結局買って帰るのは“本”それも、極上のミステリだな。初夏でもいい、初秋でもいい、店内の長い散歩に上気した頬を冷ますのには、店の脇の細い道を下って、池の畔まで入っていくのがその後のお楽しみだ。途中、「伊勢屋」の焼き鳥の匂いに、のどの渇きを覚えても、まだまだ、我慢。木の下のベンチに腰掛けて、結局は別れてしまうだろうカップルのボート遊びを遠目にしつつ、買ってきたその店のガイドブックを開く。薄い青緑のバックに黒罫でかこまれたアール・デコ風のイラスト、背表紙の色で本館、別館をわけている。美しい表紙絵は、穂積和夫。素天堂の世代では「メンズ・クラブ」のコミックタッチのファッション画が最初の出会いのイラストレーターだ。もちろん、こちらの方でも憧れだったが→http://nigensha.co.jp/jaaa/hozumi2.html
さて、肝心の思い出話に入ろう。
松山さんからそのお話があったのは、教養文庫版選集のお手伝いが終わってしばらくのことだった。光文社の雑誌「EQ」にミステリの舞台を具体化してカラーイラストを掲載しており、その一環として黒死館のイラストとエッセイを掲載したいので、資料を提供してほしいと言うことだった。当時、少しミステリとは距離を置いていたので「EQ」の存在は知っていてもそんな企画が進行していたのは知らなかったのである。勿論嫌も応もない、二つ返事で駆けつけると、松山さんのお宅で待たれていたのは憧れの新保さんと「EQ」の編集の方だった。

当時参考にしていた「Literary Houses」とか(これは凄い本で、例えばあとの朝日新聞で「名作文学に見る家」という企画が連載されたのは、この本の影響だろう)、まことに拙い、手作りの資料をお見せしたところ、なんと、画家は穂積さんだというではないか、先にも行ったとおり大好きな方なので大喜びした。何度かのやりとりのあと、見せていただいたのがこの、見事なイメージだった。

そのお礼として、なんと原画を頂戴したのである。こちらのお手伝いに対してまことに過分なお返しだったが、勿論今でもお宝として、大事に保存している。
その後、新保さんの回顧的評論集を編纂される際、その絵を含む「ミステリの家」シリーズを再現されるということだった。それで出来上がったのがこの素敵な「推理百貨店 本館・別館」二冊本だったのである。何度かの蔵書の整理と、引っ越しで、それも手元になくなってしまったのだ。あとから本館のみは再入手したのだが、先日の「MYSCON7」で、風々子さんが二冊を出品されていたのを、自らの不始末でお目にもかかれなかったので、かえって気になっていたところ、先日、やっと思い出の別館「ハウジング・センター」に巡り会えたというわけなのである。
日が少し陰ってきたし、活字もぼんやりとしてきた。ボートの二人連れも、伝説はともかく、嬉しそうに手を組んで向こう岸を歩いている。立ち上がって、伊勢屋の大きな焼き鳥で生ビールでも飲んで、著者曰く“田舎の雑貨店”のしあわせな余韻にのんびり浸ろうか。