おとむじり 劇場の迷子―中村雅楽探偵全集〈4〉 (創元推理文庫)

兄弟に子供が多かったせいで、子供の世話はしつけている。場合によっては普通の旦那さんより世話しなれているかもしれない。なにしろ、怒ったら、そのショックで引き付けを起こした子を、病院まで抱いていった経験まである。だから、幼児が母親に次の子が生まれそうな時、おこす光景も沢山見てきた。それをこういうというのは、この作品で知った。
送ってもらった付録を読んでいて、無性に読みたくなった関寺さんのシリーズを含む短編集の最後。「日曜日のアリバイ」の最後の一行に吹き出し、「おとむじり」に涙ぐみ、存分に晩年の雅楽世界を堪能した。ゆっくりと味わって滋味溢れる「むかしの弟子」にまで進む。不義をきらい家を出した、弟子と家事手伝いの子の行く末を案じて竹野に探らせる雅楽雅楽の心を察して夫婦になった二人が子供を連れて訪れる再会の宴は楽しく、美しい。
多分、このあとも続けるつもりもあったから単行本未収録で終わったのだろうが、最後の「演劇史異聞」は雅楽ものの体裁を借りた演劇エッセイだろうから、「むかしの弟子」は事実上の最後の雅楽ものになってしまった。花屋の娘に思慕し、お気に入りだった、関寺真知子の披露宴での思いがけない行動に涙する、この老優のみずみずしい感性は、最後まで枯れることなく素敵な述懐で終わっている。
「きょう、すっかり変わった二人を見ながら気がついたんですがね、二十年前に楽五郎とさだ子を厳しく叱った私の胸の中に、美しいあの娘を奪った男に対する焼き餅があったのかも知れませんね」
公刊本しか見ていなかった素天堂にとっては、未知のものだったこの一篇は、「車引殺人事件」に始まり「グリーン車の子供」を経て語り続けられた、これらの雅楽作品の最後を飾るにふさわしい作品なのであった。
それから、「赤いネクタイ」で登場する、山城新吾に似た江川刑事というくすぐりで思いだして、保存していたTV版「名探偵雅楽再び登場」の録画を再生しようとしたら、古いテ−プが切れてしまった。何しろ初回放映時には、まだ、ヴィデオなど無かったから、再放送をとって置いたのだが。
中村勘三郎(先代)の、原作とは違った行動的な雅楽は、これはこれで面白かったし、三作目の「加納座実説」をベースにした「名探偵雅楽三度登場!幽霊座殺人事件」で、ゴルフをする雅楽という珍シーもあったのはちょっと書いておきたい。記憶がアヤフヤなのだが、勘九郎(現勘三郎)と連獅子を演じたのは、この最終話だったかな。
*この頁によると、勘九郎が出演していたのは第二話!「名探偵雅楽再び登場・お染め宙吊り殺人事件つづいて奈落殺人事件」だった。こういう頁があるから、素天堂のような好い加減な記憶だけに頼っている人間は助けられているのだ。