祝 悪魔学大全 文庫化  ASIN4059040053

 桃源社の復刻版さえ、絶版となって久しい稀覯書、酒井潔の「愛の魔術」が「悪魔学大全Ⅰ」として学研M文庫から復活した。70年を越える時代を経ての復活である。洋の東西、時代の新古をとわず収集された、珍奇のコレクションのお目見え。
 すべからく読者は、朝のコーヒーを荒い濾し布でたてカップの底に残ったコーヒー滓で恋の往くたてを占い、あなたの指輪と髪の毛でさらに愛の確認をなさるとよろしい。ひたむきに愛するあなたなのに、振り向いてもくれない、つれない彼を振り向かせる法までここには占術呪術(おまじないの札の書き方まで)のお役立ち情報が満載である。是非お買いあげのうえ、日々重宝いたすがよろしい。決して、1000円の値書きはお高いものではない。
ただ、そんな実用に供する読者のためには背表紙に大きく「日用重宝 愛の魔術」とでもあれば、もしかすると本書は洛陽の紙価を高めたかもしれないと思うと、重ね重ね残念である。本書名はあまりにも禁欲的である。
 さらにそんな実用から和漢洋魔術の深遠なるエピソードまでが、ビッシリ巻頭から巻末まで埋められているこの奇書の価値ということだが、たとえば、我々はこの書にも引用されているエリファス・レヴィの「魔術の歴史」をはじめ、アルベルトゥス・マグヌスの抄訳、デ・ラ・ポルタの「自然魔法」に至るまで各種オカルティズムの文献の参照に困ることはなくなった。しかし、それはこの「愛の魔術」という戦前の我が国での孤立した存在が、埴谷雄高渋澤龍彦等のシンパシーを得て現在の状況になっていることを認識するならば、この1000円という書価は、まことにお徳用なのである。
 とはいえ、70年たった現在でも、水増しされた占星術、恋占いの雑書が氾濫しているのは、ご承知の通りだし、ファッションとしての魔術もあっても良いかもしれないが、我が国でのオカルティズム受容の歴史の貴重な資料でもある本書に対する本格的な論評も見てみたいものだ。
著者序にもあるとおり、

本書はどの方面から見ても多少の欠陥がある。魔術の研究書としては、著者の意見も解釈もない。百科辞書としては項目が不足している

さらに、引用書目の多国に渉るための表記の不統一、不正確な点も多くこれを機に本格的な校訂がなされてほしいものだ。きっとそれだけの価値はある。