ずっとお城で暮らしてる〈恐怖少女セレクション〉 シャーリー・ジャクスン 山下義之訳ISBN:4054004458 

学研ホラーノベルスの旧刊。品切れ中。
手元にありながら読まずにおいて、結局人から借りて読むていたらく。だが、借りてまで読む価値のあった1冊。
冒頭の奇矯なモノローグから引き込まれてゆく。主人公の悪意と周囲の人物の悪意のいかにもゴシックっぽい絡み合いが、自分の家に戻るまで執拗に続く。家には、どうも精神に異常がありそうな姉と、半身不随のおじがいるらしい。語り手の主人公はその姉を気遣い、叔父に優しくしようと心がけているようだ。とはいえ、妙な違和感が語り手の口調から伝わってくるので、どうも言葉通りに受け取ることができない状態がもどかしく、読んでいるこちらにイライラした不安を引き起こしてくる。周囲の人と語り手の感覚の齟齬が少しずつ見えてきてそこにあった忌まわしい過去が明らかになってくる。あれっと思った頃に闖入者の男性が現れて、その金銭でしか物事を測らない俗物性で語り手の女性をさいなみ追いつめはじめる。さらに自分の守り手であったはずの姉までもがそれに同調してきているようにおもえる。大事に大事に守ってきた自分の領域、“お城”が自分の手から離れてしまうかもしれない。その恐怖が彼女の異常な行動を増幅していく。その不安の象徴としての煙草の匂い。その匂いが彼女たちの“お城”に劇的な転機を引き起こす。
作品の内容が内容なのでネタばれを避けると物語の紹介に隔靴掻痒の感はまぬかれないが、その、火事というカタストロフが引き起こした彼女たちの転機は、スティーブン・キングならさしずめ「ファイア・スターター」となって村中大火事になるところだが、ここでははじめて彼女たちに和解と平安を呼びよせる原因となっている。で、その和解に重要な役割を占めているのが「料理」。それがこの恐怖小説のやさしい一面を表現しているのである。
唐突だが、対比としてここでハリー・クレッシングの名作「料理人」を持ち出すことにする。いずこともしれぬ田舎町を舞台に突然現れた長身の料理人が巻き起こす、淡々としていながら奇妙な物語。そこには一切の善意は感じられない。すべては料理人の求める完全な料理に向かってすすむ、悪魔の道具としての料理だ。その戦慄的な終末とともに読み終わったあと、いつまでも不思議な余韻を残す名作だった。
それに対して、この作品では「料理」は、謝罪と和解との象徴。主人公の姉コニーの作るいなか料理、村人達が彼女たちに持ってくるお詫びの料理。それに対する姉妹の反応もたのしい。火事によって自分たちの住む領域は清められ、ここに、主人公の待ち望んだ、姉と二人だけの小さな小さな“閉じられたお城”が出現するのである。緩やかに変貌する彼女たちと村人達との関係は前庭の変貌でも語られるが、最後にわずかに残った村人の悪意の名残が、いくつかのお詫びの卵とそれで作った彼女たちの翌朝のオムレツによって消えてゆくエンディングは、読者にやさしい余韻を与えて素敵だ。
お願い、再刊して下さい。今度は買いますから。