犬博物館の外で OUTSIDE THE DOG MUSEUM 1991 ISBN:4488547060

ジョナサン・キャロル 浅羽莢子訳 創元推理文庫/1992 
再読して驚いた。この作品は魔法と崩壊のイメージがこんなに強かっただろうか。
魔法でいえば、使い魔の犬がブルテリア ビッグトップ(テリー山本のまんが「バウ」の主人公ね)で、その間抜けな顔に似合わず、感動的ないい働きをするし、天だか地だかの使いの変なオヤジも出現するしで。さらに、アラブ首長の跡継ぎが彼の目前で行う見せるとんでもない魔法まで。
物語は、鬱状態で仕事の出来ない主人公の「天才」建築家に対する、彼が「TIME」誌の表紙になったという理由だけで、アラブの首長からされる執拗な仕事依頼からこの話は始まる。アラブでは禁忌の筈の「犬」に何度も助けられたので、それを顕彰する博物館を建てたいのだという。
とはいえ、どんなものを展示するとか、如何なる形にするとかの具体的な記述は一度も語られることはない。あくまでも曖昧な記述に終始する博物館は、依頼者の後に暗殺される首長と、依頼された主人公の中にのみ存在する。これこそ、「imaginary architecture」の究極ではないか。文中にもある通り「バベルの塔」の言語に関する寓意が、後半には溢れている。建築幻想のジャンルに“建てられざる建造物”もあると思うのだがこんな終わり方があるのだな。
アラブ・ゲリラによる建築途中だった「犬博物館」の棟上げ式での完全破壊の入念な描写は、冒頭での地震描写と照応していて、そこでの、主人公が自ら設計した自宅の完膚無きまでの破壊にはある種のニヒリズムさえ感じる。9.11についてはもう言い尽くされてるだろうから改めて付け加えることはないんだけれど、やっぱり、あの前とあのあとでは感想も変わってくるのはやむを得まい。あの日の「夕刊フジ」の巻頭写真「ニューヨーク国際貿易センタービルの廃墟」の写真はまるで、19世紀ドイツの画家フリードリッヒの絵を思わせるものだったから。
あまり覚えていないのだが、ジョナサン・キャロルのこれに先行する諸作は少年を主人公とするもうちょっと神経的な幻想譚だと思うのだけれど、この主人公の奇妙にあっけらかんとした性格が不思議なユーモアを醸し出しているし、

ウィーンみたいな場所は、自分のとこの永久保存コレクションに満足してる完璧な美術館さ。

という彼のちょっとシニカルな趣味もお気に入りではある。