「金色の眼の女」 La Fille Aux Yeux D'or (1961)

参照した原作は「金色の眼の娘(附/フェラギス)」 バルザック 木越豊彦/樋口清訳 寺田透解説 万里閣 昭和23年

最近お気に入りの映画から。
冒頭から20ページ以上は、延々と19世紀半ばのパリの街と人の風貌について語られる。度々言及されるゴシック小説の名前や作者はこの作品が謎と犯罪の物語であるといっているのかな。ただそれらは勿論、映画では語られることはない。解説の寺田透によれば読むべきところは本文よりもここだというのだが?
物語、まず主人公のアンリ・ド・マルセイの美貌と奇妙な出生、生活が語られる。この性格描写も面白いが映画ではカット。さらに、美しい異母妹の存在。
バルザックとしては短編に属すこの作品だが、やっぱり彼の作品の特徴であるカタログ描写は欠かせない(風変わりな悪漢小説「麁(あら鹿が三つ)皮」での骨董屋の描写には興奮したものだったけれど)らしく、饒舌に緩やかに主人公たちの生活が語られながら、アンリの出逢った「まるで虎の眼のやうな黄色い」眼の女との遭遇へと続く。
映画では、冒頭、仲間たち(十三人組という)による、お気に入りのモデル“カティア(フランソワーズ・ドルレアック 早くに亡くなったカトリーヌ・ドヌーブの姉さん)”の強掠から始まって、閉じこめている部屋に入るアンリのかぶっていた仮面やシチュエーションが、なんだか「O嬢の物語」を髣髴とさせる、フランスでの発売が54年だそうだから当然影響は受けてるんじゃないだろうか。今ならそう思う。ここでちょっとだけ、アンリの人となりが仲間の会話で登場する。ファッション写真家らしいアンリとそのパトロネージュ、エレオノールの奇妙な関係をほのめかすエピソードとともにウィーンでのファッションショウの準備のいざこざが空港まで続く。アンリが空港に乗り捨てておいた「ファセルヴェガ!」のコンバーチブルに奇妙な雰囲気の若い女性が乗っていたがその時は逃げられてしまった*1。
原作では、名前は祕密ではないがこの映画では「金色の眼の女」の名前は最後まで執拗に消されている。それ自体がある種、マゾヒスティックな隷属関係への意味を持っているのだろう。金色の眼の女性の妙に積極的なアプローチ(といっても何故かいつも受動的なのだが)の結果、アンリは思いを遂げるのだが、逢うたびに彼女の謎は深まるばかり、学生だというのに学校へ行っている様子もない。原作にいう“難解きわまる生きた謎”のイメージは、マリー・ラフォレの独壇場で、彼女のやり場のない不安や、アンリの追求を言を左右しながらかわしてはいるものの、彼への思慕も募るという、不思議な雰囲気を的確にわからせてくれる。やっぱり、マリー・ラフォレは最初の3本だなぁ。「赤と青のブルース」「太陽がいっぱい」それとこれ。
あの不思議な眼の色が、このモノクローム作品にピッタリなのですね。
原作での、目隠しでの彼女宅への訪問などはちょっとそそられますが、やっぱりバルザックは室内描写。最初のいかにも曖昧宿っぽい、がらんとした室内での逢い引きもすごいけれどやっぱり囲われている居宅の部屋は素晴らしいの一語。本当は全部紹介したいくらいなのだが、作者曰く“ヴィーナスの生まれた貝殻に似たこの部屋”とは、

富がこれほどの嬌羞を示して典雅となって姿を隠し、雅趣を表はし、官能を呼び覺ましたことはなかった。そこにあるものはすべて、最も冷やかな人の心をも暖めずには置かぬものであった。

こんな部屋なんですが、見てみたくはありませんか*2。映画でも、郊外の別宅は華美ではないが趣味のよい贅沢を感じさせ、通された部屋は豪華で貧乏学生の下宿には見えない。祕密のクローゼットのドレスも金がかかっていそうだった。素天堂にはわかりませんが。
アンリは、当然相手の不可解な振舞に隠された人の影を嗅ぐのだが、それが妙に浮かんでこない。それも当然、男ではなかったというのが、このお話の第一のオチ。さらに、囲われている女性の“奴隷状態の幸福”から逃れようとする強い意志は“どこか遠く”へと向かうのだったが結局、主人の手でその意志を「死」という最も強い拒絶で奪われてしまうのだった。
原作ではその相手がアンリ本人の顔がそっくりな異母妹というショッキングな想定だし、最期も映画に較べるともっと強烈だった。素天堂は映画の押さえた最後の二人の表現と、その後のアンリの恋人(パトロンのほう)の悲しい虚ろな表情で終わるエンディングが大好きです。
マゾヒズムといえば、サディズム映画の巨匠アンリ・ジョルジュ・クルーゾーの遺作が現代美術に関連するそっち方面の作品で「囚われの女」というのがある。日本未公開だし、あんまり話題にもならない(勿論作家の資質からいえばちょっと異質なので)地味な作品だが、結構面白いし、なによりハンス・ベルメール球体関節人形のオブジェが一瞬登場するのがお楽しみかもしれない。それから、囚われた方の反乱といえば主人公役フェルナンド・レイに、最後はむちゃくちゃ肩入れしたくなるブニュエルの怪作「欲望のあいまいな対象」あ、これも遺作だ、とその原作ピエール・ルイス「女と人形」。イヤァ、大名作だったなぁ、これは。コンチータという変な女性役を二人の女優がやるという反則ワザだったけど、結局はそれが成功してるし。

*1 それから!付きで紹介した「ファセルヴェガ」。ブガッティ亡き後の戦後フランスの一時期。高級スポーツカーとして唯一気を吐いた名車。その存在が登場人物たちのステイタスと頽廃を無言で表現していると思う。ただ、アメリカ一辺倒のフランス五〇年代なのでスタイリングがアメリカナイズされすぎていて、六〇年代当時の素天堂にはあんまり気に入られてなかった。
http://www.classics.com/palos02.html

*2 バルザックの描写に関してはこちらできれいなシャトーの写真付き
http://www.info.sophia.ac.jp/futsubun/archives/sawada/wannchlore.html#2