忍者と悪女 ロジャー・コーマン監督 リチャード・マシスン脚本

ヴィンセント・プライズ ピーター・ローレ ボリス・カーロフ ヘイゼル・コート オリーヴ・スタージェス ジャック・ニコルソン出演 AIP 1963 DVD OPSD-S113

まだ学研M文庫「ゴシック名訳集成Ⅰ」が入手出来ないので、やっかみ半分の協賛企画。何しろ日夏訳「大鴉」のテキストを筑摩版「現代譯詩集所収 海表集」でしか読めない素天堂です。その高尚で荘重な訳は日本語訳詩の中の白眉であるが、それを米国映画界の暴れん坊将軍ロジャー・コーマンが映画化するとどうなるか。
最近も大量にDVD化されて、オタクのカルトとなっているロジャー・コーマンだが、ご多分に漏れず素天堂もオタクという名称もなかった頃からの筋金入りのオタクとして、彼は大好きである。お馬鹿なところも、金にシビア(ケチともいう)なところもほほえましい。この作品も彼の基本を忠実に実践した作品であるから、真面目に見ようなどと(そんなやつは今更いないか、こんな邦題だしね)すれば、握った手のやり場に困るくらい怒るだろうな。
でも最初は、ヴィンセント・プライスの荘重な原詩の朗読をバックに墨流しのおどろおどろしい画面から始まる。もしかすると、とおもうのだが、亡き妻“レノア”の追慕がすむころ、窓を叩く音がするあたりから話は、徐々にコーマン・タッチに入り込む。最初の「またとなけめ。」のあたりですね。その鴉は人語を発し、当主エラスマス・クレイブンを驚かし、まず酒を所望する。揚げ句に羽根が痒いから人間に戻りたいと抜かす。出来ないというと「じゃあ、やり方は教える」といってクレイブンを無理矢理地下の父親の墓窟まで連れ出し、いやがる彼に魔法藥を調合させる。とにかく我が儘なのは原詩のとおりだが、とにかく下賤、酔っぱらってわるさをして、鴉に替えられてしまった位だから意地汚い。その魔術師ベッドロー役を「M」の怪優ピーター・ローレが、喜々として演じる。さらに人のいいクレイブンをそそのかして自分を鴉に変えてしまったボリス・カーロフの凄腕魔術師スカラバスに復讐しようとする。その際に死んだはずのレノアが、何故かスカラバスの城にいたと言い出す。で、ギャグその1。
出かける気になったクレイブンの召使いが突然狂って斧を持って暴れ出すと、ベッドローが着ていたケープで闘牛士の体で召使いをあしらうが結局逃げ出す。クレイブンの娘がうしろから召使いを殴りつけて気を失わせるまで物陰から出ない。
ギャグその2。
何故か現れたベッドローのせがれ(若きジャック・ニコルソン)がスカラバス邸に馬車で向かう途中、御者になるのだが突然、歯をむき出し鞭を振り馬車を暴走させる。いい顔してます。着いたら憑き物が落ちて、呆気にとられるのがまたいい。
そこから、スカラバスの城でのあれこれになるのだが、細かく書いてたらきりがないし、ここをご覧になる方なら先刻ご承知かもしれないので、少しはしょります。ここから、3人の魔術合戦が始まるのだが、まぁ、これが前代未聞の抱腹絶倒。大真面目のボリス・カーロフおちゃらけピーター・ローレの相反する演技合戦(実際にあんまり仲がよくなかったのは監督の自伝*でも紹介されている)と、虚実ないまぜのヴィンセント・プライズとボリス・カーロフの丁々発止もなかなかである。ここまでが邦題でいうところの“忍者”、魔術師なんていう大時代な言葉を恥ずかしくて使えなかったんだろうな。この頃は。
ワインに調子づいたベッドローが、「vini vidi vici」なんていうあんまりな呪文で暴れるのをスカラバスがメタメタに返り討ちするころに、なんと、生身のレノアが登場。これが“悪女”ね。マジメな夫を売って、金のあるスカラバスに転び、それをスカラバスが死んだことにしたというのだ。なにをかいわんやである。さらにベッドローを買収して寝返らせるのだから、マジメなクレイブンがいい面の皮である。やりすぎて野暮天(死語、今更かな)。娘エステルを火焙りでいじめるという訳のわからない方法で、レノアは二人の魔術師を挑発して魔術合戦を始めさせて自分は高みの見物を決め込む、大したタマである。
この魔術合戦がギャグ満載、BGMもお馬鹿で、ドライブイン・シアターでネッキング目的で入ったティーンのカップルも呆気にとられて画面を見ちゃうという、監督の目的通りの演出である。うしろで見ている若きニコルソンとオリーヴ・スタージェスのカップルは、本当にそんな感じだ。
結局、クレイブンが合戦に勝つとコロッと、その手のなかに戻ろうとするが、いくら何でももう駄目。言いぐさがいい「あなたが勝ったら、頭がすっきりした、今まで魔法にかかっていた」だと。うーん、悪女(その頃流行ったフレーズだったか?)だなぁ。結局、スカラバスと一緒に城の下敷きになっちゃうのだが、最後まで悪態を忘れない悪女の鏡である。一体これが「RAVEN」かよ、なのだが、ちゃんと、鴉の口を閉じて「またとなけめ」で終わるのである。
  *この自伝の邦訳の装丁は和田誠によるこの映画のイラストである。