悪い癖 「カンタービルの幽霊」オスカー・ワイルド 福田恆存・逸譯「アーサー卿の犯罪」所収 中公文庫 ISBN:4122004438

 悪い癖で自分の蔵書を確認しないで、まず、ないものと思って探してしまう。今回はワイルドの「カンタービルの幽霊」を読みたいと思って、例によってgoogle検索で、珊瑚書房版 後藤優訳の「カンタービル館の幽霊」を検索したのだが、思いもかけない高価な本になってしまっていたのを発見した。もう買いなおすこともできないなぁ。あんな本がとは思わないが、あれよりいいアンソロジーがないのが悲しい。そういえば、ロートレックのワイルド晩年の肖像が装丁だった、改造社版で平井呈一訳のワイルド選集「童話・短編」なんて云うのもあったっけ。角川文庫から出ていた守屋陽一訳の童話集「幸福な王子」「石榴の家」も既に希少本になってしまっている。とは云っても売れ残りの本の山から、西村孝次個人譯の旧河出版の全集(この全集本は作品の選択が絶妙)が出てきたり、この本(中公文庫)が出てきて、まあ、読むことが出来た訳です。
 この今風な怪談のアイルランド風の皮肉と、軽妙な語り口の前半はやっぱり面白い。とくに、好きなのは当家の幽霊が残していく血痕の色が、奇妙な変化を起こしていくたびに、長女の顔色が変わっていくところですね。あと演劇的な幽霊の大凝りの扮装の数々のアイデア坂田靖子の“家付きの駄目幽霊”「闇月王」に教えてやりたいくらい楽しい。ちっとも怖がらない子どもにいじめられるマジメな幽霊というギャグはかわいそうだがたのしい。
それが後半になると、幽霊と長女の心の通い合いから一転、ロマンチックな展開にすすむところなんか、やっぱりこれはよくできた怪談の古典だと思う。ジョン・ギールグッドが幽霊になったTV版「カンタヴィル家の幽霊」もあるのだが、あの双子は登場しないのが残念。
 ニール・ジョーダンに「プランケット城への招待状」VIDEO ポニーキャニオン[廃盤]PCVT30013というロマンチック・コメディーがあって、破産の際まで来たアイルランドのお城の持ち主(ピーター・オトゥールの怪演)が、インチキ幽霊をでっち上げてアメリカからの観光客を呼ぶ。という話に、本物の家付き幽霊(ダリル・ハンナリーアム・ニーソン)がからんでくるのが、まるっきり、「カンタービルの幽霊」の逆をいくプロットだがこっちの方が展開はワイルドの作品に近い。
 余談だが、素天堂が好きなダリル・ハンナは、人間だったことがない。「ブレード・ランナー」のアンドロイド、「スプラッシュ」の人魚、それとこの映画の幽霊……。美しくて悲しいこのおんな幽霊は、リーアム・ニーソン扮する性格の悪いドスケベ幽霊にあらぬ罪で殺され、その瞬間を永遠に繰り返さなければならない運命さえ背負わされているのだ。導入部におけるニール・ジョーダンのいかにもアイリッシュらしい自虐的なギャグ(「クライング・ゲーム」にもあったな)は、涙を流すほどおかしい。アメリカ人の反応も必死な城主に対して呵責がないし。ロマンチックに冷たい素天堂としては、後半の展開はぬるいと思うのだが、まあ、こんなもんでしょう。