コミック・マーケットという魅力、について(報告)

波瀾万丈の一ヶ月(年)が終わって、夏につづいてコミケット会場に売り手として入場するという経験を味わうことができた。
それは生まれて初めて経験した、二種類の作業進行を同時進行させる、“これってなに”状態から始まった。期限を切られた状況で、資料の閲覧整理から打ち込み作業を行う、多分、そういう仕事をする人にとっては当たり前の状況が、如何に楽しくも、苦しいかが、よくわかった一ヶ月でありました。初期の予定であったオリジナルの作業は時間の制約で次回になったものの、コミケットでの新刊発売は既定の事実であって、何らかの形でそれに変わるものを取り上げなくてはならなかった。そこで、今回も、ネットで発表したことのあるものの中から、資料性の高いものを選び、さらにネット上では抜粋だった論文の、完全版、さらに、現代表記に修正して、掲載することにした。比較的に、機械的な単純作業が多いとはいっても、選んだ二編は、表記が結構複雑で、文字打ち込みから思わぬ時間がかかってしまった。何とか原稿の〆切を三日ほど伸ばしてもらって、入稿は終わったものの、今年の異常気象による印刷屋さんのトラブルに巻き込まれ、急遽、都内の業者に変更することに。そこら辺の経緯は、実際に入稿をしてくれた絹太氏の報告を見ていただくとして、その後に、突然、巻き起こる“コピー誌”出したい病の発作が。
大昔の作品をデータ化したのがあったので、それにお気に入りの画像を添付すればいいから簡単だ。と思ったのが地獄の始まり。まず、両面プリントをやったことがないので、ページの配列がわからない。試行錯誤に三日ほどかかり、何とかドタバタのあげくに、レイアウトが決定したものの、ある方に頼まれた写真のプリントアウトによるトラブルから、自分のインクジェット・プリンターが休眠状態に。急遽、絹太氏の機械に切り替えるが給紙方法が違うので、それに慣れるまでがまた一苦労。何とか紙も揃い、準備が完了したのがコミケ一日目の前日だった。自分は二日目だけれど一日目の絹太氏関係のスペースにも出品予定なので、その朝までには製本を仕上げなければならない羽目に。今のインクジェット・プリンターは確かにきれいなのですが、三十ページ近いカラーのものを出力するのに、結局朝の五時までかかり、十部製本するのに、小一時間かかって、何十年ぶりかの、完全徹夜作業となった。その頃、一階では絹太氏の終夜を徹する苦吟が続き、結局彼女の本が仕上がったのが朝七時。二人とも完徹!という悲惨な状況であった。
とはいえ、結果的に、初日の「蝸牛のささやき」、二日目の「黒死館附属幻稚園」名義でのスペースで、その後の「ですぺら」を含めて資料用の一冊を残して初めてのコピー本は完売いたしました。お買いあげの皆様、ありがとうございました。六十年代の化石的な旧稿をお読みいただくのは、忸怩たるものがありますが、とにかく、お手にとって少しでも興味をもってくださった方に厚くお礼申し上げます。さらに、「逍遙」の関係でお忙しい中、足を運んでくださった蒼竜窟居候人さま。ありがとうございました。どうか、見捨てず、これからも一緒に遊んでください。今回は二回もの出品で、初日にお会いできなかった皆様、お買いあげありがとうございました。
間近に、同人ものがいて、その修羅場を傍観しつつ巻き込まれてきた訳ですが、なんでこんなに、自ら選んで苦労するんだろう、というのが正直、これまでの感想でした。しかしながら、夏コミでの暑さ、冬コミでの寒さも含めて、とにかく、それを買ってくださる方、読んでいただける方々に、直接、「まえに立ってるけど。この人買ってくれるのかなぁ、あ、それも手に取ってくれた、え? お買いあげですか。あ、ありがとうございますっ」というあの快感は、前述の苦労など、年齢からくる肉体的疲労はともかく、精神的な苦痛などは、本当にどこかへ吹っ飛んでしまう“快感”でありました。絹太氏に席を替わってもらい、会場内を歩くとき、それまでの買い手としての感じから、そうなんだよなあ、自分の何かを人に見せたいから、こうやって苦労の末に、会場で声を張り上げているんだよなあ。などと、売り手としての感慨にふけったものでありました。きっと、これが、コミケの魔力なんでしょうね。
で自分自身の買い物は「東京都交通局」の五千円の六周年記念ミンクル・バスカード。「軍事通信HARUNA」のNS歴史紀行DVD二枚、「満留賀」の古典狂養文庫から三冊。でした。うーむ、脈絡がない。
それから、いつの間にか定例になってしまった、コミケのあとの「ですぺら」ですが、いつもありがとうございます。体力的に限界でしたので、早めに失礼しましたが、来年もよろしくお願いいたします。
この日記をご覧頂いている皆様、どうか、酔い落とし*(あんまり、素天堂にぴったりの変換ミスなのでこのままにする)を。