『Film Obsession』凝血ブギ 新刊 映画は映画であるということ

なんだか、どこかで聞いたことのあるゴダール映画のタイトルみたいだが、今回の絹太氏の新刊読後の印象である。勿論作品のベースは〈カカ×イル〉という漢字で書けない漢民族の皇帝みたいな呼び方のジャンルなのだが、そのジャンルを知らなくてもおもしろかった。
全体の構成が獄中であるSceneと、獄外でのBreakによって構成され、主人公の一人が陰謀によって投獄され、陰謀に加担しつつ、反撥しながら獄中の同居人に引き寄せられるもう一人の主人公との獄中での交情の変遷がテーマになっている。といえば、ラテンアメリカ文学のファンの方、映画ファンならお気づきのあの作品が、作者も言う通りベースになっている。そこに、彼らの活動する舞台の町に起きた伝染性の奇病、それが隣国の陰謀と関係あることは後でわかってくる、を搦めたストーリーを構成させ、さらに作者の選んだ映画のストーリーや感想が、メインの物語〈おきまりのカカシとイルカの交情物語〉と密接に結びつけられるという三重構造になっている。
メインのストーリーに密接に絡められた、映画の内容が主人公の内面の変化を表現しつつ、作者が映画に対して持っている気持が、主人公たちのストーリーの語り方や感想に対応して現れて来る。選ばれた何本かの作品は素天堂にもなじみのものなのだが、同じ映画でもこういう感じ方もあるのだと、興味深かったし、ストーリーの語り口がその映画を見たいという気持にさせてくれる。映画とそれを見る舞台としての映画館についても、最後に素敵な作者のプレゼントがあって素天堂を喜ばせた。
丸の内のある映画館が、改築のために閉館を余儀なくされたとき最後の一ヶ月に、その館での人気作品を何本か回顧上映した。そのラインアップに劇場でやっと見ることの出来た作品が含まれていた。この作品にも登場する『お熱いのがお好き』は、上映権の問題があって、素天堂はそれまで、TVで、しかも一回しか見たことがなかった。ただその映画は一回見ただけでも、強く印象に残っていたので何度も名画座にリクエストを繰り返したが、見ることができなかった。ジャック・レモントニー・カーチスの女装やマリリン・モンローの唄、イタリア・マフィアをめぐるいざこざなど、見所満載のこの映画のエンディング、ボートに乗って求婚されたジャック・レモンの叫びに対して富豪役のジョー・ブラウンの最後の一言「Nobody's perfect!」に館内の大爆笑とそれに続く大拍手。ある映画館の最期を感動的に書いたラストのエピソードは、その時の感動を思い出させてくれたのである。今でこそ、ヴィデオやDVDにかこまれて生活しているけれど、やっぱり映画は映画でなくっちゃね。