むべ山風を……

獅子文六の戦後の佳作が『嵐といふらむ』だ。戦後すぐの公職追放を自ら戯画化した作品『てんやわんや』で息を吹き返し、良質の風俗小説で戦後を描き続けた彼が、戦後廃止になった華族制を戯画的に取り上げた作品である。
虫太郎が恐怖を覚えたくらい、戦前初期作品の高い評価に比べて、彼の戦後作は、大衆小説として評価は低いが、時代と向きあいつつ、決して時代に阿らない姿勢は最後まで崩さなかった。特に薩摩治郎八の旧宅に住むという偶然から書かれた『但馬太郎次伝』はもっと評価されても良いはずだ。などとご託を突然並べるのは、この一週間、先週末にひいた風邪の呪いで職場には何とか通っていたが、喉の痛みと咳に悩まされ、六年ぶりの風邪の猛威に蹂躙されてでてきた、こんなタイトルに連想されてでてきた妄念なのである。
六年間といえば、我が人生の十分の一に当たる。小学校ならまるまる全部だ。その間潜んでいた、風邪さんの忸怩たる怨念を思えば、今回の風邪の攻撃の猛威はやっぱり〈嵐〉に匹敵しよう。
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ  :文屋康秀
秋の草木には一寸脂っぽい素天堂であるとはいえ、引き合いに出した獅子さんには申し訳ないが、まだ、本復とはならない。そのうちに本体として真面目に取り上げるのでご勘弁を。