雪の温泉宿 鴨と鹿付き 狸抜き

おでむかえ
「たまには温泉でも」というK氏の言葉に対する「雪を見たい」の素の一言から、K氏が今回設定してくれたのは、素としては初めてのプライヴェートな温泉旅行であった。色々検索していたK氏が探してくれたのは、狸が出るという、洞元荘群馬県の温泉だった。
いつものことながら、K氏にお任せだったから、行き先の宿の詳細も判らない状態だった。両親の出身は群馬なのだが、高崎から北へは先日の宇都宮が初めてだったし、今度は上越線で高崎を越える。名前だけは知っていても降り立つのは生まれて初めての水上である。前回の宇都宮行きでは、上野の駅で妙に遠回りしていたが、今回はすんなり上信越線のホームへ行くことが出来た。上出来の立ち上がりだったはずだが、今回もズンドコの神が降臨し、栓を開けたばかりのチュウハイを、ふざけて手を振り回しこぼしかけた。K氏の冷ややかな眼差しを浴びながら、駅弁を開いて文字通りお茶を濁して、水上まで以降事もなく過ごすことができ、だんだん雪が厚くなってきて雪国への期待は高まってきた。

今日の宿泊先は、水上とは言っても奥利根ゆけむり街道を送迎バスで四十分。距離的には隣駅の湯桧曽、土合よりまだ遠い山中にあった。北東に山を登り切った洞元湖の近く、利根川の源流だという。行きは小雪舞う中での車中でもあり気がつかなかったが、旅程の風光は素晴らしいものだった。ドライバーの素人離れした道々の案内を聞き流しつつ、到着した本館、洞元荘は秘湯の宿と言うには立派な旅館だった。
鴨と鹿
車中での酒も回り、その日は周辺の散策もないまま、露天風呂で、まずオプションの升酒を一杯。湯量も豊富でノンビリできた。部屋へ戻る途中に狸さんたちの観察部屋が用意されているのを覗いた。グズグズしているうちにもう夕食。ありがたいことに部屋で食事である。高をくくって追加を頼んだのが鹿刺だったが、なに、標準の夕食だけでも多すぎるくらい。特記すべきは鴨の小鍋だろう。
文字通り銚子づいて、燗酒の他に吟醸酒まで頼んだから、たまらない。素はすっかり出来上がり、番頭さんの夜具仕度も待ちきれない風で床についた。
そのまんま、朝まで起きなかったのだから、一体何しに来たのだと思うが、量はたいしたことないが、幕なしに飲み続けた報いである。翌日聞いたK氏の話では、とにかく、曇り空なのに星が見えるという、街場の住人には考えられない体験をしたそうだ。今更ながら、後悔の臍をかむ。
朝食前の酔い覚ましに大浴場へ行ったが、当然ながら、閑散としている。ゆっくり浸かって部屋に戻る途中、狸部屋を覗くと、狸用の撒き餌に小鳥が来て、お相伴していた。昨日は、どうやら狸には会えなかったらしいが、追加で取った鹿刺には大満足だったので、まあ、良しとしようか。朝食を早めに済ませ、関西弁の仲居さんに近所の様子を聞くK氏。四季を通じて見物の多い土地柄のようである。玄関を出て本館の周辺を見て回る。エントランスには昨日気づかなかった、焼き物の狸が、半分以上雪の埋もれながら並んでいた。南側には渓流が雪の中に音立てて流れ、見事な借景を作っていた。小雪は舞っているが雲は薄く風もないため、薄日の射すいい日和になりそうである。

寝の足りた素は、水上への送迎車中、日差しを浴びた沿道の景色に目を奪われ、大はしゃぎ。行きと違って全行程が下りの凍結道路でもあるためか、昨日のドライバーさんは運転に集中していた。無事に水上駅に到着して、観光案内所に入るが、思わしい物件も無いようで、取りあえず、K氏の先導で南へ古民家を目指して進むことにする。雪に覆われた民家に到着するが、あまりの雪の多さに辟易した。併設の資料館は、とにかく良くある地味な展示で、いくら素天堂でもはしゃぐと言う程ではなかった。けれど、民家には、除雪して入れるようになっていて一回りできたのはいい見物であった。民家の軒を始め、氷柱というものを見たのは、本当に大昔、幼児期での思い出以来だった。

そこからバス通りを南下。後を振り向くと滅多に見られないだろう、山容が。この景色だけでも、この道を歩いてよかったと思う。通り沿いの休憩所兼土産物屋で冷やかし。さらに、道の駅へ向かう。ボチボチ小腹がすいてきたのだが、K氏によると、美味しいピザ屋さんがあるらしい。さっき通った時に見かけたのがそれらしいのだが、どうやら駅に近い方に移転しているらしい。川っ縁を雪に足を取られつつルートを変えて、もと来た温泉街へ戻る。中心部にある窯焼きピザの店 ラ・ビエールはどうやら当地の名店らしく、昼を大分回って入ったのだが、満席、二十分程で入った。マリナーラを始め、シンプルな味の誤魔化せない二品だったが、薄手の生地がもちもちしていて縁がシッカリ焦げ目の付いた本格派だった。
その後、ある施設の見学を考えていたのだが、もう送迎バスも終わっていたので、断念。お土産やさんの二階にあった喫茶店で時間をつぶす。
待ち時間中に小雪がまた、降り始めたが、五時前に出発した列車は、雪の中を沼田に向かうことになった。多分この程度の雪は、地元の人には珍しくもないのだろうが、江東の巷の住民には充分な見送りのイヴェントであった。