春の亀は水辺の岩で


甲羅干しについては、ここで〈ののちゃん〉とお勉強していただけばと思うが、このところ素天堂は周辺の喧噪をよそに、まるで水辺の彼らのような日々である。チョコチョコと索引作りや資料探しで時間をつぶし、夕刻には夕餉の仕度に入る。先日も、炊事仕事の合間に居間のTVのスイッチを入れた瞬間、見慣れた方のご尊顔を拝して、驚愕した。内容が内容なので詳述は避けるが、ささやかではあるが、どうも国際的な問題になりそうな事項である。対応に追われて日々午前様が続くと仰有るがさもあろう。それさえも、大変だねえと口にはするが、まず対岸の火事、そんな日々である。昨日の様に近年稀な大風が吹き荒れ、陋屋は揺れても、幸い雨風は凌げたのである。
世間は、貴重な三連休だそうなので、日向の亀も動き出すことにする。毎度K氏に誘われ、今回は城南の名所、五反田遊古会に出かけた。このところ収穫の続いた同古書展だったが、そうそう続くまいと思っていたが、まだまだ底は深い。結構な収穫があった。残念ながら目録で見かけた、某社の某氏にあそこのカウンターで見せられた(ここで形容が長いと赤が入るかもしれない)、毛綱絡みのTOTO出版の某書は残念ながら抽選から外れていたが、J.A.サイモンズの「伊太利ルネサンスの美術」が手に入ったのには、驚喜した。あまりに文学的と評される同書だが、それ故に喜ぶ読者もいるのだ。
今回はそこそこK氏にも収穫はあったということで、ニコニコと次の目的、某氏に教わった城南の名所、蒲田の歓迎(地元の人はホアンヨンと呼ぶそうだ)へ向かう。五反田から蒲田へは東急池上線がある、というのは、先日までの業務で頭にたたき込んであったので、迷わず東急ストアに向かう。改札を入ると、土曜日の昼下がりで、電車は混んでいる。一台待ってノンビリと腰掛けた。何しろ始発から、終点までの全線走破の長距離客である。とノンビリしていたら、驚愕の出来事が! 
なんと、昨日あったばかりのUさんが乗り込んできたのだ。僅か数ヶ月、それも、朝夕の僅かしか口を聞くこともなかった彼と、二日続けて違う場所で出会ったのである。Uさん曰くの、赤い糸で結ばれている運命なのかもしれない。沿線にお住まいだと言うことで、蒲田まで、業務の特殊性からほとんど人と話せなかったあれこれを終点まで、話し続けることになった。
Uさんとは蒲田の改札で別れ、東口に出、大田区役所を過ぎて店の前に行くと、土曜は続けて営業していると確認したつもりだったのに、やっぱり五時までは準備中だった。たいした時間ではないので、勝手知った東口をチョコチョコ歩きまわり、五時に店頭についたら座席はもう半分埋まっている。どこから現れたのかこれだけの人数、しかもその中のあるグループには、まだ五分たっていないのに料理が数品並んでいるではないか。尤も三十分もしないうちに席待ちの客が現れたので、その位のことは良しとしなければならないだろう。K氏が目標にしていた海鮮スープ餃子は、生憎オーダーストップだったが、取りあえずの希望を満たせて、店を離れた。夕刻はゆっくり時間を過ごすというわけには行かない店だというのはよくわかった。腹ごなしに京急蒲田までいって、羽田始発の京急電車でノンビリ、思ったより早い帰宅になった。そこから恒例の二時間におよぶ、本日の収穫を開いての反省会であった。