muiredachと検索すれば……  ミュイヤダッチ十字架を索めて

黒死館語彙の収集も、初期には『広辞苑』や『西洋人名辞典』で検索できている頃は順調だと思っていた。勿論七十%くらいまでは確かにそれで済んでいた。そのうちに『世界大百科辞典』でさえも索引では引っ掛からない単語が残ってきた。見た目にはたいした分量ではないように見えるのだが、内容的に関わりの深そうに見える単語ほど、検索が難しくなってきたのである。印刷媒体での個人的な検索の限界であった。
『逍遙第十号』で取り上げた例でいうと、

異教徒の凶律に対し、また女人鍛工及びドルイド呪僧の呪文に対して 582
アルマーの地が聖化 585 / 聖セントパトリック十字架 579 / 聖パトリック  585 Patrick(387〜461)
デシル法 585 / ミュイヤダッチ十字架クロッス風の異教趣味 355 / 中欧死神アンコウ口碑 428
ドルイド呪僧585 の宗儀585 / Bansheeバンシイ 398
グイディオン(ドルイド呪教に現れた、暗視隠形に通じていたと云われる大神秘僧)584

これらのケルト文化に関する邦語文献は皆無に等しかった状況で、教養文庫版『黒死館殺人事件』のお手伝いをしていた1970年代の後半は、全くの手つかずの状態だった。現に、ミュイヤダッチ十字架に関して言えば、1977年四月に発行された初版第1刷以降、存疑・真偽未詳にもリストアップされていなかった。聖パトリックの事績にしてもまったく判らないことだらけだった。やむを得ず都内近郊の洋書屋を漁ることになった。とはいえ、当時はケルト研究書の数もなく、読めもしない横文字の単語を追うだけのものだったが、アン・ロスやスチュアート・ピゴットの「Druid」などペリカンの古典を始め、少しずつ手元に置けるようになった。

そのうちに、今は無き、銀座のイエナの美術書コーナーでテームズ・アンド・ハドスン社の『ART OF THE CELT 1992』を発見した。WORLD OF ARTのシリーズだったそれは図版を多用したケルト美術史の先駆的な概説書であった。大して期待もせずに開いた本だったが、開巻一読、muiredachの洗礼を受けたのだった。

所在地であるモナスターボイスのハイクロスと呼ばれるそれが、虫太郎のいうミュイヤダッチ十字架だったのである。これ以外にも医学関係、オカルティズム等、存疑不詳の言葉は数多く登場している。収集を始めた頃とは、インターネットによる情報収集という環境の劇的変化はあったにしても、まだまだ越えなければならない険峭は数多い。まず、虫太郎が対象を正確に読んでいたかを確認しなければならないのである。