アール・デコの隠れた女神 Gerda Wegener

ゲルダってだれ?
  バッカス
1920年代から30年代にかけて活躍したデンマーク出身の画家・イラストレ−ター、ゲルダ・ヴェゲナーとその夫アイナー・ヴェゲナー=リリー・エルベの奇妙な生涯を紹介することにしました。その時代は、ご存じの通りアール・デコの真っ盛り。たくさんのイラストレーターが輩出して挿絵本の黄金時代を築きました。そんな中で神話や女性をモチーフに美しい作品を残しながら、早くに亡くなってしまったことで現在では忘れられてしまった作家の一人が、ゲルダでした。
実際、素天堂が彼女の名前を知ったのも、戦前刊行されたウィーン性科学研究所で発行された膨大な性科学百科、通称「ビルダー・レキシコン」を通してでした。
  アンドロメダペルセウス
退廃的でありながら品のある彼女の作品は、巻頭の作品を見ていただけば分かる通り男性を描いていても妙に女性的な香りがする彼女の作品は素天堂、お気に入りの一人に登録されたのでした。
そんな彼女に今年になって、思いもかけない方向から光が当たることになりました。
アメリカの作家デビッド・エバーショフによる「the DANISH GIRL」 

世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語

世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語

です。
実際にはフィクションであり、主人公の一人である女性画家をアメリカ人にするなど大きな改変もあるので、彼等二人の正確な評伝ではありませんが、主なところは、“変身した”本人の自伝なども参考にしているようです。
自分も小説を参考にしながら彼女を追ってみることにしました。
実際読み終わった後にもなぜゲルダ(文中グレタ)をわざわざアメリカ人にしたのか、腑に落ちない点もあるのですが、手術後のリリーの苦悩と軋轢などは見事に書かれていると思います。だからでしょうか、彼等の出身地である北欧をはじめとしてたくさんの翻訳が出ましたし、そのおかげで日本では見ることのできなかった、写真をはじめとするたくさんの資料がネット上で、掘り起こされているのはありがたいことです。
まずこの写真とデッサンを見てください。アイナー・ヴェゲナーという青年画家を撮影したこのちょっとポーズをとった写真はまだ、ひ弱な男の子にしか見えません。実際美術学校で知り合った頃の二人の関係はゲルダの方が積極的だったようです(風景画家として一応名も知られていた、教師としてのアイナーは当然年上でしたが)。それに対して当時のゲルダの写真を見ると、がっしりした体格の大柄な女性でした。
  Gerda   Einar
小柄で線の細い夫のアイナーに、女装してモデルになって欲しいと言いだしたのも肖像画家であったゲルダだったそうです。最初のうちこそ戸惑いがあったものの、少しづつ彼の中の隠されたもう一人が頭をもたげてくるのです。
作品の中でははっきりとは書かれておりませんが、ゲルダが彼の変貌をあるがままに受け入れた一つの理由として彼女の方に、同性愛的な希求があったのではないかと思われる節があります。小説の中でも、彼女はまるで夫を人形のように女装させてモデルにしています。夫の女装癖も彼女が一時はけしかけているようでした。
  APERITIF
その頃の彼女の作品を見てみましょう。パステル・トーンを多用した“乙女チック”な肖像のほとんどは、夫をモデルにしたものです。アイナーが画家としての活動をほとんど辞めてしまい(生活の半分以上を女性人格に占められるようなっていた)、コペンハーゲンでの生活に限界を感じた奇妙な夫婦は、その生活の拠点をパリに移します。デンマークではあまり売れない肖像画家だった妻は、パリでその才能を開花させ、肖像画ばかりではなく、本や雑誌の挿絵、戯画、服飾のデザインにまで手をのばす活躍を始めます。
  ファッションプレートROBEDEGABA
  雑誌 イラスト
  コミック雑誌「Le Rire」 飛行船ツェッペリンの起源
さらに性的に自由度の高いパリでアイナーのもう一方は(妻によってリリーと名付けられていた)制作中のゲルダをおいて一人で出掛けたりもしたそうです。ますます彼の中で多くを占めるようになって、リリーの人格の方が生活の大部分になってしまいました。
さすがに危機を感じた夫婦はパリで医者に相談したのですが、医者は“単なる服装倒錯”として彼等の悩みを一蹴しました。「我慢して、直せ」というだけだったのです。しかしその頃にはアイナーの体内から、奇妙な出血もあり(それは一ヶ月に一回一週間ほど続く時もあった)ほどで、もう一つの人格はすでに物理的にも彼のからだを浸食していて、そのリリーからの人格への異議申し立ては苛烈を極めました。彼等は当時の性科学の先進国だったドイツに救いを求め、ドレスデンを訪れ、そこで出逢った医師は彼に途方もないことを告げます。「彼の胎内には未成熟ながら卵巣があって、それが女性としての性格を彼に与えている」というのです。
 その時も逡巡するアイナーの背中を押したのはゲルダでした。葬り去らねばならぬ自分の男性としての半身に対する、リリーの当然の愛着にはっきりと反対したのです。とはいえ、手術に向かうリリーは一人でした。ついていくと言い張る妻を断り、ドレスデンへの汽車に乗り込んだのです。それ以降のリリーの奇妙な幸福でもあったかもしれない、苦痛の数々をダイジェストするのは自分の手に余ります。
当時の設備も衛生も不完全な中での大手術を、その早すぎる死までの、短い女性としての一生と較べて、果たして対価として払うべきだったのだろうか、と思います。例えば文中では明らかにされていないが、ほの見える移植される臓器の提供者のこととか。
  看護婦と戯れるリリー
そこまでは、背を押し続けて来たゲルダだったが、矢継ぎ早に行われる再手術にはさすがに不安を隠せず反対した。しかしもうすでに純粋に女性を目指して進み始めたリリーを押しとどめることはもうできなかった。当時の制度によって女性同士となった二人は離婚せざるを得なくなったものの、リリーとはその後も友人としてすごしました。
数度(五回とも言われる)の手術の僅か三ヶ月後、リリーは「母になりたかった」といいのこして「デンマークの少女」として亡くなったそうです。
ゲルダは1931年イタリアの軍人と結婚しますが、数年後に離婚、デンマークに帰ったものの母国では恵まれず、リリーの死後十年を経ず彼女も早すぎる晩年を終わりました。一説には自筆のクリスマス・カードを小銭で売って暮らしていたとも言われています。半分リリー半分アイナーとの奇妙な暮らしだけが彼女の幸福の時間だったのですね。
ゲルダ・ヴェゲナーを紹介するのに、そのほとんどをリリーの話で終わってしまいましたが、実際、彼等の関係はそれほど密接に結ばれていたのです。ゲルダにとってリリーは美の女神だったから、彼女が失われてしまえば美の魔力も失われてしまうのも当然でしょう。彼女の創作活動においては、リリーはゲルダのありうべき半身でもあったのではないでしょうか。
2003の補記  邦訳者の斉藤博昭さんから、原作者の意図についてメールをいただきました。
作者は主人公グレタ(ゲルダ)を米国人とすることでよりアイナーとの性格的な差別化を図りたかったということでした。また故郷をパサディナに設定したのは、作者の出身地でありそこをどうしても登場させたかったからだそうです。ちょっと精神分析的に興味が湧いてきますね。
2010の補記  ニコール・キッドマンデンマーク人の画家アイナー・ウェゲナーとその妻グレタの実話に基づいた映画「The Danish Girl」に主演、製作する模様。共演はシャーリーズ・セロン見てから読む?映画の原作より引用。