『まぼろしたてもの』

一箱出展の準備を始めようとしている時、K氏宛に電話がかかってきた。珍しく長話だったのだが、相手だった妹さんがレモン画翠主催の「第33回 学生設計優秀作品展 −建築・都市・環境−(LEMON展)」の展示作品に選出されたのだそうだ。以降のあれこれは省略するが、五月二日の搬入まで模型製作追い込みの二週間は大変だったらしい。
三日の一箱出展が終わって最初の公休日、幸い間に合った展観の最終日に会場を覗いた。学生たちの血と汗の結晶。地味なもの派手なもの百点近いモデル展示のなかでもこの妹さんの作品は異彩を放っていた。
  
「記憶の中のimage」と題された三点で構成された作品はそれぞれ楽しかったのだが、なかでもジュール・シュペルヴィエルの「海に住む少女」にインスパイアされたという「文学館」の構想に惹かれた。不揃いの、欠けた角錐が勝手な方向を向きながら半ば海中にあるその様は、清楚な中に海中に浮かぶ墓標を思わせる怖いような凄みをもっていた。

形態は小振りだが、ブルターニュの青い空と、古代遺跡「カルナックのメンヒル」を思わせる構想は、自身述べられている「震災の記憶」を永くとどめる施設に相応しい荘厳さまで持っている。

彼女の作品を始めとする、若い方の建築に対する想いを、存分に吸い込んだ素天堂は、やっと重い腰を上げることになる。長い間の懸案であった蔵書の整理が、外圧のためとは言っても何とか進んでやっと作業用の棚がほぼ完成した。また、発注していたテレンス・デイヴィスの『The Gothick Taste』が届いて、夏の新刊に向けての文献がやっと揃った。素天堂にとっては表現主義建築におけるコンラーツ、シュペルリヒの『幻想の建築』と並んで、ゴシック・リヴァイヴァルに関する基本図書なのである。
大昔、舌足らずにも拘わらず掲載させて頂いた『幻想文学48』での「まぼろしたてもの」を再構成するという、組上がった棚の圧に負けないような次の作業に進まなければならない。