『緋色の爪』の研究

先日の驚異の映像体験から、眼も醒めやらぬ昨日二十二日。渋谷の町でまた映画鑑賞。シネマ・ヴェーラ「映画史上の名作7」幻のシャーロック・ホームズ俳優ベイジル・ラズボーンの『緋色の爪The Scarlet Claw』と、ルイーズ・ブルックスの『港々に女あり』の超娯楽二本立てです。一言最高でした。

まず、極めつけのホームズものの感想から。舞台はなぜかカナダ、ケベックの近郊の名前もまがまがしい“紅き死”モルト・ルージュの村。冒頭、なぜか深夜に響く教会の鐘の音に凍り付く、居酒屋の客。鐘の音をきっかけに村の面々が語る、光りに包まれた怪人や喉を掻ききられ、襲われる家畜の話題。語り合う客の中に、教会の神父がいた。村民の噂を一笑に付す神父は、鐘の原因を確かめるために郵便配達と一緒に教会へ戻った。鐘はそこで喉を裂かれて死んでいた女性が紐を引いて鳴らしていたのだった。
長々と書いたオープニングだが、それがじつにいい。もちろん『バスカーヴィル家の犬』のヴァリエーションであるのは承知でも、村を囲む湿地帯の描写のような、ユニヴァーサル・ホラー風の演出が小気味よい(制作はワーナー)。一転して通報先のケベックでは、「カナダ・オカルト協会」 の会合が行われていて、村の名士Lord William Penroseを中心に心霊術の可否を論議しており、そこに招待されたホームズ、ワトソンが同席している。そこに、村からの夫人死亡の緊急の連絡がはいる。
慌ただしく帰ろうとする卿に協力を伝えるホームズたちに、死んだ夫人からの手紙が届く。そこには「いつも何かに付け狙われている」恐怖が語られていたのだが、合理的な解決をしようとするホームズたちに対して、超自然の力を信じる卿は、その協力を断る。以後、事件解決まで、被害関係者の非協力にあいながら、真相に迫るホームズの捜査は困難を極める。徐々に真相に迫る課程は破綻がなく、犯人が判明した後も、決してサスペンスが緩むことなく解決までテンポよく描かれている。しかも、真相も探偵小説的にフェアーで納得できるが、作中でチェスタトンのある作品がワトソンによって(しかも犯人のいる前で)語られるのは、ちょっと勇み足だったかな。作品の基調はシリアスなホームズと、コミカルなワトソンの棲み分けが面白く、制作年のために日本公開が一本もなかったのは、本当に残念なことだった。
終結後の車の上でホームズが語る、カナダと英本国の関係は、当時(1944)本土空爆に苦しむ英本国に対するある意味、エールだったのだろうな。それにしても、同じ年に制作された慰問映画『世紀の女王Bathing Beauty 』にもラズボーンが出ていたことがわかってちょっとビックリした。