「グリーン家の惨劇」1929日本公開 初見

名前だけは知っていたヴァン・ダイン作品の映画化版。 The Greene Murder Case 1929: http://youtu.be/q7EgaC1DV64 @youtube
内容はともかく、グリーン家の佇まいだけでも見ておきたかったのだが、それがやっと叶った訳である。また、平林初之輔訳の邦題が『グリ−ン家の惨劇』だった理由もこれで氷解した。
 
映画紹介サイトallcinemaでのコメントによれば、横溝正史の「三本の毛髪」という初期作品の中で、その作品を見た後の興奮が語られているということだ。
作品的には六十八分と短くまとめられているので、原作の細かい点は当然省略されているが、執事スプルートの振舞や、家政婦ヘミング(久我鎮子ですな)の奇矯な言行などはうまく取り入れられていた。家族中でもシベラ役が原作にあった蓮っ葉な雰囲気を出していたが、やっぱり、アダ(映画中ではエイダ)役のジーン・アーサーが繊細な心理変化を表現して、ストーリー的に簡略化されたこの作品を救っていたと思う。

余り評価の高くない当作品だが、年代から見て決して凡作ではないように思える。何しろ原作でさえファイロ・ヴァンスの推理力についてはいろいろいわれている作品なのだから、それについてあれこれいうのは控えようと思う。

肝腎な建築描写だが、冒頭に鳥瞰で映されるグリーン邸の佇まいは、見事に原著の挿絵を再現し、さらに屋上を設けることによって最後のシーンでの、原作と違う犯人の行動を納得させるという必然性を作りあげているのは見事だといっていいだろう。
    
また、雪の正面玄関、トビアスの書斎を明るくせずに、懐中電灯の灯だけで目的の書籍を見せるという演出も、映画としてはやむを得ないものだったのではないか。結果的にはトビアスの狷介な人格を、暗い書斎の表現だけで見せることに成功していた。
当時の、横溝の証言でも明らかだが、探偵劇に興味を持つ作家たちがこぞってこの作品を鑑賞していたのは間違いあるまい。ましてや、虫太郎おや、である。可憐なジーン・アーサーと、重厚なグリーン邸が、後に『黒死館殺人事件』に結実したという〈推定〉は決して多くを過つものではないに違いない。いや、原作そのものより、犯人像に与えた影響は、こちらの方に顕著なのかもしれない。
だからこそ、人後に落ちぬ映画ファン虫太郎の口がこの作品を語ることをしなかったのではあるまいか。