『北歐の海賊と英國文明』金子健二 研究社出版 1927年

先日某P氏と、某所の帰り、某イタトマで雑談の際、持ちかけた疑問。どうして、十八世紀英国という特殊な場所で忽然と〈ゴシック・ロマンス〉という、文学上の鬼っ子が出現したのか。欧州の西北、ポツンと浮かんだ離れ島に持ち上がった、中世への先祖返りが何故話題になって流行にまでなってしまったのか。
その流行が、逆流して、本場のドイツやフランスに中世趣味を広げていったのかは、いろいろなところで取り上げられているのに、その起源が見えてこないのである。まあ、その時はそれで終わったのだが、実は疑問は拡がるばかりであった。
起源といえば、そもそも、中世の始まりである、ローマ帝国の崩壊とゲルマン人の関係もいまいち見えてこない。素天堂の歴史的な無知なのかもしれないが、それを満たしてくれる資料が見当たらない。通史では無視され、各時代史ではなおさら既定の事実になってしまっている起因が見えてこないのはなぜか。
中世宗教史でも、あまり表舞台に立たないまま後期ゴシック様式を取り入れてイングランド各地に見事な大伽藍が林立しているのかがわからない。
古城を舞台に繰り広げられる怨念の伝説劇が、欧州大陸で繰り広げられた民衆と領主の対立や、戦乱による荒廃もあまりなかったはずの比較的長閑な英国本土でもて囃されたのか、英国人の文化的基礎栄養になっていったのかがわからない。大陸文化の受容といっても、そもそも十八世紀から始まった富裕層の風習グランド・ツアーも目的はイタリア、ローマとそこから垣間見えるギリシャの遺産であったではないか。
といったわけで、何かわかっていることがあるのか状態だったのだが、先日の西部古書市でとてつもない参考書が手に貼り付いてきた。それが表題の一冊だ。題名だけではその内容が見えないという点で、前に取り上げたことのある『西洋美術史』と双璧かもしれない。

    • 緒論
    • 本論
    • 第1篇 英吉利民族の人種的考察
    • 第2篇 アングロ・サクソン族移住時代
    • 第3篇 海賊王朝期
    • 第4篇 北欧海賊文学の影響
    • 第5篇 ゴッス族と南北の海賊

こうやって目次を出しても、内容の見当がつかない有様だが、実は第一篇の半分は、当時としては珍しい先住民としての「ケルト人」の民族的特殊性に関する論考が占め、中の三篇に至っては、千年に及ぶ英国を中心とした古文書による各民族の攻防史となっているのだ。
北海に面していながら暖流に囲まれた温暖で湿潤な気候に恵まれた地形を狙った北からの度重なる侵入と占領の歴史は凄まじく、そこで築かれてくる大陸との関係は、実は密接なものであり、中世以降における複雑な関係を裏付けている。
そうして、最終的にブリテン諸島を巡る変転とともに、北方民族であるゴート人(ゴッス族)が、ブリテン諸島に影響を与えつつヨーロッパを南下し、ついに歴史の表舞台に登場して、ローマを滅ぼすまでが書かれているのである。古代から英国人がどういった文化的な起源を持ち、それを磨いてきたのかを、この本は如実に語ってくれているといっていいだろう。