「愛の巣」というチョコバー  ISBN:4150200262

今回は、久し振りの現行本。しかも何を今更の「ゲイルズバーグの春を愛す」。内田善美の作品がカヴァージャケットになって、今では彼女の作品が見られる唯一の書籍となってしまった。「ゲイルズバーグ」といえば、早川書房の名叢書「異色作家短編集」の衣鉢を継ぐ小粒ながらキラキラしていた「フィーリング小説集」の1巻目。いつものことながらむなしく、指折って死児の齢をかぞえてみると、ほかには、少年の不安な夢が一杯に詰まったナイジェル・ニールの「トマト・ケイン」、フランス風の毒の花で鏤められたコサージュのようなトポールの「リュシエンヌに薔薇を」などが収録された珠玉の小説集であった。
 で、「ゲイルズバーグの春を愛す」は、ジャック・フィニイの「レベル3」に続くノスタルジー小説集の傑作。すべての作品について一言言えるような作品集なのだが、その中で今回はちょっと異色な「おい、こっちを向け」と「悪の魔力」を取り上ることにしました。まぁ、恣意的な選択です。
 語り手はちいさな街で文芸批評を生業にしていたが、偶々その街に移り住んできた小説家の作品に好意的な評を書いたことで知己を得る。自負だけは人一倍の売れないその小説家はこころざし半ばで死んでしまう。殆ど誰にも知られることなく。「おい、こっちを向け」はここから始まる。街を歩いていた語り手は、生きているときは考えられない風体の死者と出会う。それから頻繁に彼の前に死者が自分の名前を大書した作家の幽霊が出現した。原因もわからずとまどう語り手は、ある日付近の山に書かれた作家の名前を見つけた。死者の意志を量りかねた彼は死者の家を探索して、死者の作品に賭けたその熱意を感じる。彼はその死者が自分の作品も自分自身さえ知られることなく、ひっそりと死んだその無念さを感じる。その奇矯な風体も、山に書いた名前も、その無念さの現れだったのだ。「おい、こっちを向け」とは彼の叫びだったのだ。 そう、誰にも声をかけられない悲しさ、誰も振り向いてくれない淋しさが小説家の死後の存念となって叫び続けたのである。
淋しさの極みのような1作目にたいして、もう一つは奇妙ではあるがコミカルで優しい恋物語である。街の奇妙な店を探して歩くのが好きなちょっと変わり者の主人公は昼休みの散歩で、変な手品の材料屋を見つける。そこで風変わりな眼鏡を買い受けて、町歩きや午後の暇仕事を楽しむのだが、その最中に何とも美しい女性を発見した。その女性は彼に負けない変わり者で、身なりもかまわず自分の好きなことだけに熱中する社内でも名物な女性だった。眼鏡のおかげでその女性の本当の魅力を発見した彼は彼らしい奇妙なアプローチをする。街の穴場情報の交換や新しい商品などを試すうち、お互いに彼らにふさわしい結末が待っているのだ。
それが彼らにとっての「悪の魔力」だったというお話。