シラノ・ド・ベルジュラック または 男の恋ということ ISBN:400325631X

今でも、版を重ねる定番についての昔話
素天堂が手に取ったのは戦後版の紙の悪い頃の白水社版でした。
裏見返しに書かれた前の読者の万年筆書きの「読了、涙滂沱として止むる能わず」の文字を、何をバカなと思いつつ読み進んだものでした。
軽妙な軽口のやりとりから、当時の軍人たちの自負と主人公のハチャメチャさが浮彫になってくる。そのうちに登場する、顔は美しいが田舎ものの朴念仁のクリスチャン。詩歌に秀で感受性も豊なのにその容貌で自らを蔑まざるを得ないシラノ。その幼馴染みで稀な美貌を持つロクサーヌ。知らない人もない登場人物たちの世紀末風の「ギャラント」な台詞が織りなす人間関係が微妙にずれていきます。
熱烈な愛情を彼女に感じつつ、自らの容姿のためにそれを露わに出来ないシラノ、彼女はその容貌故にクリスチャンに恋し、クリスチャンも彼女に恋をする。しかし、田舎ものの彼には彼女が求める雅さを表現することが出来ず、ロクサーヌの不興を買う。で、友人のシラノに相談を持ちかけ代筆・代弁を依頼するのですが、シラノにとっては自らの恋心を披瀝するなんたるチャンスでした。もてる能力の総てをその“代筆”に打ち込み、あまつさえ戦場から別便を仕立ててまでロクサーヌへの恋心を吐露し続けます。いつかは彼女は気づいてくれるかも知れない。田舎ものの二枚目にはないこの感受性を。しかしその恋心をこともあろうにクリスチャンに気づかれ、しかも、その瞬間、クリスチャンは戦死してしまい、友人への誠実から彼はとうとう自分の本心をうち明けることも出来なくなってしまう。「万事休す」
以後、ロクサーヌは死んだ愛人に操を立て修道院にこもり、シラノは週に一度の訪問で彼女を慰める日々が続くのです。
その最後の日、日頃の言動から敵の多いシラノはいつもの修道院訪問の途次、だまし討ちを受け、瀕死の状態でロクサーヌを訪れ、見たことのないはずのクリスチャンの末期の文を死の直前の錯乱からとうとうと述べ立ててしまう。ロクサーヌは一字一句違わぬその文と読み上げるその声とで、とうとう気が付いてしまいます。「あなただったのでございますわ」自分の心で追い続けていたのがシラノであったと思い至る。必死で否定しながら死の迫る足音と戦い続けるシラノ。
譫言のように能力の総てを尽くして軽口を言い続けようとする稀代の剣客にして文人シラノだったが、死には勝てない。その敵に最後の戦いを挑む。

うん、貴様達は俺のものを皆奪(と)る気だな、桂の冠も、薔薇の花も、さあ奪(と)れ!だがな、お気の毒だが、貴様達にゃどうしたって奪(と)りきれぬ佳(い)いものを、俺(おり)ゃあの世に持って行くのだ。それも今夜だ、俺の永遠の幸福で蒼空(あおぞら)の道、広々と掃き清め、神のふところに入る途すがらはばかりながら皺一つ汚点(しみ)一つ附けずに持って行くのだ。
    (彼は高く剣を翳(かざ)して躍り上がる)
他でもない、そりゃあ……    (ト書き(略))
ロクサーヌ それは?……

最後の台詞は引用しません。素天堂の宝の一つだから。
読み終わったそのとき、彼は泣きじゃくりながらその本を引き裂いていました。
本気違いの素天堂では、一生に一度の愚挙でした。
でも、そうしなければ、自分の手のやり場がなかったのです。
今でこそ、世紀末風の大甘ラブストーリーで文人シラノに対する侮辱だなどとも考えるのですが、恋にも見放され、未来も見えなかったその頃の彼の行動は今から思うとうらやましいくらいのものです。