中世ヨーロッパの説話 東と西の出会い 松原秀一著 中公文庫1992 ISBN:4122018900

ハイネが「流刑の神々・精霊物語」でヨーロッパ人として自分の過去から「説話」を取り上げたとすれば、この本は、物語の原型としての人類全体の財産「説話」を、殆ど全世界的な視野で緻密に掘り出し、比較した博引旁証を絵に描いたような名著。
個々の挿話のヴァリエーションを丹念に比較しているのだが、その挿話の選択がヴァラエティに富んで、再話のまとめが手際がよいので決して退屈しない。どころか、滅茶苦茶楽しい。まず万葉集に於ける「浦島太郎」の原型から、ブルターニュの海の中の城におよび、異界の城というテーマでまとめられる。そうか、浦島太郎は日本における數少ない幻想建築譚だったのだな。釈迦伝がヨーロッパに伝わって「聖者伝」に変わり、ぐるりと回って日本へと戻ってくる驚異のエピソード。僧侶をからかった愉快な艶笑譚「ささやき竹」のバリエーション、そこではアレキサンドロス大王の出生に関する異説にまで言及される。さらに、數百年前の「ハリーの災難」というべき「五度殺される話」。これも面白いが、民話の分類に「死体の処理」という項目があるなんて。
説話伝播の東西の要となるインドに関する詳細な考察等、それら辿る作業はすでに手法自体が「謎解き」というミステリーである。