世紀末奇芸談 Learned Pigs & Fireproof Women リッキイ・ジェイ 鈴木豊雄譯 パピルス刊1995 ISBN:4938165155

素天堂は騙されるたのしみのために探偵小説を読む。だから、ケレンのきついアクロバチックな物ほどうれしい。たとえばロード・ダンセイニの「二瓶のソース」のようなおいしい料理や、ジョイス・ポーターおばさんの「ドーヴァー4 切断」のようなすてきな道徳におもわずうれしくなってしまうのだ。だから、ショウビジネスでも、規模の大小は問わずにこちらを素敵に騙してくれる奇術のステージがお気に入りだ。書物としても、例えば阿部徳蔵の「奇術隨筆」や天城勝彦「魔術」を始めとする奇術エッセイなどもよく読んだものだった。
実は邦訳題に邪魔されて、しばらく購入を躊躇していたのです、この本は。ところが手にとって驚いた、豊富な画像と古今の文献を縦横に引用した、世が世であれば総張函入りの好事家向け豪華本で出てもおかしくない内容だった。“世紀末”というのは出版時点を意識した邦訳題であり、原題は見て頂いたとおり、いわば「学習豚と燃えない女」とでも訳すべきだろうと思う。だけどそれじゃあ売れないかな。
当然、内容は原題通り、正面からの手品についてはほとんど語られず、各種の個性的な奇妙な見せ物的演目についての歴史的な考察が続く。その最高潮は、原題の一つになっている「不燃男と耐火女」で、とにかく記述も生き生きとして大笑い出来る。素天堂は、マゾっ気も人並みにあると思うのだが、そこに描かれた十三の演目はちょっと書き写す気にもならない。さらに奇術とは境界領域にある“催眠術応用の電気治療”や“降靈術”等の心霊現象にも「死とショウビジネスについて一言」で、詳細に言及される。しかし、懐疑的な演目に対しても、本人も実際のマジシャンであり、批判ばかりではない気配りが感じられて、それがうれしかったりする。
最も素天堂が感動したのは、「五体満足の物より恵まれた才能」の項目だろう。そこで取り上げられた手足を先天的に持てなかったマシュー・バッチンジャーやサラ・ビフィンの、健常者を上回る能力にも目を瞠らされるものだが、そこに込められた著者の素晴らしい視点は感動的でさえある。両手のない名画家であったビフォンに送られた、ある人からの愛の詩を紹介しよう。

いとしいビフィン、あなたの魅力にうたれ/抱きしめたさにため息がこぼれます/あなたの幸せを願い/その手をいただく[結婚すること]すべはなくとも/あなたの腕にまさるもの/あなたの心をこの腕に

とはいえ、この著者の茶目っ気はこの項目を感動だけで終わらせることなく、手足のない男性の名前を冠した“バッチンジャー’ズ ブーツ”という奇妙な単語を紹介もしているのである。
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