すてきな御馳走  人譽幻談 幻の猫 伊藤人譽 亀鳴屋刊

小学生のころ、まだ開発の手の入らない雑木林が多かった川崎市の中央部でのこと。遊びに行って山芋掘りの穴に落ちて死んだ子がいた。ローム層の赤土が崩れて出られず、空腹を土で満たしたのか、体内から赤土が出たという噂だった。
淡いベージュのフランス装にグレイのインクで捺されたタイトルは、活版活字の味が美しい。さらに武田花の素敵な写真が貼り込まれた瀟洒な装幀に包まれた、死を前にしたドッペルゲンガー譚「穴の底」から始まって「瓶の中の指」に終わるこの作品集「人譽幻談 幻の猫」。
作品の配列も選択もその装幀にふさわしく、サラッとしていながらコクがあるいわば芳醇な酒のあじわいをおもわせる。その作品群は、一篇、一篇趣を変えた甘美な毒がほんの少しずつ混入されているので、習慣性は一段と激しい。仕事の合間という、ラッシュ時の駅のホームのベンチで吟醸酒の杯を傾けるがごときバチあたりな読書ではあったが、それらの味は充分味わうことはできた。
「髪」での、少年と成人女性のエロチックな夢幻譚は、女性の髪のフェティッシュな魔性を思い出させるし、結核療養所で起きる奇妙な猫騒ぎが、乾いたユーモアでくるまれながらも、死に近づいた人間の底意地のわるさをみせる、薄気味悪くも心地よい表題作「幻の猫」。どの作品とはいわないが、井戸の底で「聖者の行進」をおどらされる、おスギばあさんの最後に負けた意地悪合戦とか、戦国時代の女と心中する売れない彫刻家とか、作家のいうとおり文字で読む小説の究極の姿を見せてくれた、ほんとうに龜鳴屋さんありがとう、ごちそうさまと言いたくなる一冊であった。
書肆はこちら http://www.spacelan.ne.jp/~kamenaku/shinkan/shinkan03.html
ここにもあります。本も置いてるスタンド・バー ですぺら(お酒も飲もうね)
http://www004.upp.so-net.ne.jp/despera/despera.html