アドニス版『虚無への供物』

小説推理 二〇〇五年一月号 双葉社 特集 幻想と怪奇への誘い⑨ 中井英夫『虚無への供物』の原風景を探る 秘稿解禁!アドニス版『虚無への供物』序章
発売初日にあてにしていた錦糸町駅ビル某書店に入荷がなく、一日中5、6軒の本屋を探しましたがみつからず、翌日やっと体が空いたので八重洲BCへ自転車で直行。棚にあった最後の1冊(かもしれない)それをひっつかんで帰宅しました。
驚いたことに、「虚無への供物」の根幹である、当時の風俗描写がもうすでにあの世界なりに立ち上がっていました。冒頭の“サロメ・ショウ”などは、こちらの方が生き生きとしているかもしれません。三味線の老おかまも、マスターも魅力的だし。エッと思うような交歓シーンも雑誌の性格を考えれば当然かもしれません。そこらへんにはたぶん幾人かの手が入っているのかもしれませんが(ワイルド作と言われる「テレニイ」などにもそんな例がある)それも一興です。酒でも飲みながら、何人かの人たちが「ここはこうしたら」などと盛り上がっている光景が浮かんできます*。
もちろん推測ですが、ただの性的冗談では書ききれない何かを中井自身が作品から感じて、この発表媒体から手を引いていったのかもしれません。はじめて、三一書房版を手にした時の興奮を思い出します。こういう胚芽からあの芳醇な果実が熟れてきたのですね。また、須永朝彦・齋藤慎而両氏の生々しい当時の証言や、垂野創一郎氏の適切な評論もありがたかった。「ちなみに今bk1を検索してみたら、もう品切れのようだ。これからという方には申し訳ないが、版元にはご同慶である。
 *当時を知る方から直接、お話をうかがう機会があって確認したところ、「テレニイ」まがいの複数による書き込み等は、ありえないというお話をうかがいました。そうかあんな描写を中井本人が……
さらに、同誌掲載を推し進めた功労者の一人、東さんのblog、http://blog.bk1.jp/genyo/によると、将来的に中井全集の版元創元社から刊行の見込みがあるらしい。あせらずに、しかし、刮目して待とうではないか。