赤狼城秘譚・失踪夫人 J.-H.ロスニイ兄 藤田龍郎譯 1931改造社版 世界大衆文學全集 第79巻

久しぶりに“なんだかいろいろ宿題をかたづける”状態だったので、読了本が少したまってしまった。そのおさらいの一環として、今回取り上げるのが、J.-H.ロスニイ(J.H.ロニイ)兄 のこの作品。この全集にはハルボウ「メトロポリス」や岡本綺堂による怪談アンソロジーなどをはじめとする、けっこう魅力的な作品がそろっていて、いわば創元社世界大ロマン全集の先駆けともいえる叢書なのだが、この巻はフランスのミステリだということでちょっと敬遠していた。
まず、さらわれた女性の行方を捜すという原題不明の「赤狼城秘譚」。ニュージーランド生まれのマオリ人という、今でも特異なキャラクターを捜索側の中心にして繰り広げられる物語の進行もさることながら、丹念に書き込まれた、舞台となる赤狼(ルウ・ルウジュ)周辺の地方性の描写がいい。現代から中世(さらに先史時代)に直結する“ヨーロッパにおける森”とそこに暮らす人々という存在がこれだけ直接的に描かれているのは、素天堂としてはアラン・フルニエ「モーヌの大将」とルイ・ペルゴーの「わんぱく戦争」ぐらいしか思い浮かばないし、それも、作品自体というよりも映像化されたもののイメージによってであったかもしれない。奇妙な、ちょっと古くさい“血”によって起こされる誘拐事件と、フランスの田舎の不思議な雰囲気が、本人もいうとおり〈中世紀の生き残り〉である赤狼城の当主の性格とともに、この作品の魅力を醸し出しているのだ。
つぎが「失踪夫人」 LA FEMME DISPARUE 1926。ある所用(これも謎の一つ)で外出した女性が3人組の暴漢に襲われ、行方不明になるという、こちらもやはり前作と共通する情景設定の「イナカ ノ ジケン」である。ただしこちらには、自分の意見は持たずに他人のふんどしで事件を解決する、なかなか豪快な予審判事とか、パリからきたお節介焼きの探偵などが登場する、そこそこしっかりした探偵小説。登場人物たちのやりとりも楽しいが、最後の解決が、なにしろ秀逸。いつのまにか、失踪した女性の聡明な姪御さんがちゃっかり謎を解いてしまうのだ。
ロニイのものとしては、戦後の評価ではSF関係の作品が取り上げられることが多いけれども、退屈なガボリオなどに比べれば、ドラマ性も豊富だし、何より、ここに残された風景描写が貴重だ。