シチリアを征服したクマ王国の物語 ディーノ・ブッツァーティ作・画

sutendo2005-10-26

 天沢退二郎・増山暁子訳 福音館書店1987(原著初版1945) ISBN:4834001423
作者自身による美しいたくさんの挿絵で彩られたこの作品は、荒唐無稽というよりは、人間に対するペーソスと諦観の寓話なのかもしれない。
山から下りて町を占領した、善良なクマたちの、人にまみれた末の哀しい末路。人が人である醜さを、素朴なクマたちの変貌を通してブッツァーティは語りかけてくる。ほとんど同じ色調でしのびよる「戦いの予感」を描いたこれより数年前の「タタール人の砂漠」が、組織という形態に侵されていく人間の不条理を描いていたのに対して、その不条理さえも、おおってしまう哀しさがこの美しい本にはあふれている。ほんの少数の登場人物を除いて、この物語にはおもてだって人間が動くことはない。圧倒的な迫力で町を蹂躙し、町を自分たちのものにしたのはクマ自身なのだ。人間たちの生活を人間が押しつけたりもしていない。同化し、強調していったのもクマたち自身だったのだ。この物語に、何らかの比喩が含まれていたとしても、その背景に関してほとんど知識のない素天堂にとってはないに等しい。
第二次大戦が終わってすぐに発表されたこの作品は、ちょっと後に発表された、馬を飼いたかった靴みがきの少年たちや、しばらく後に登場する、ミラノの広場の空中を飛ぶ人々の奇跡の映画のようには、この話は単純ではなさそうな気がする。強いていえば、四十数年を隔ててつくられた、流れ星に想いを込める少女の、美しくて哀しい夢の映画「サン・ロレンツォの夜」に近いような、そんな風に思われるのだが。