足を引っ張る 

ミーハー・ファンでしかなかった素天堂に声がかけられ、年譜と目録の編纂の手伝いを呼びかけられたときには、手元にはあったものといえば、かすかに残る思い出くらいが財産だった。わずかに表紙の取れた新潮文庫と、古本屋も買わない一冊のアンソロジー。あとは昔書き取っておいた古い雑誌のリスト(しかも混沌に紛れて、まだ出てきてない)くらいなものか。
“わが魔道の先達”と呼びかけ、捧げられた本によって、まず、名前だけがその作家と出会いだった。「夢の宇宙誌」と題されたその本に、高校生だった自分の将来を左右するほどの影響をあたえられ、それとともに、そこに書かれた、稲垣足穂という人にあこがれを抱くことになった。とはいえ、世俗の表通りをはずれ、遠い我が道を行くその人の作品は、その当時、書店を覗き、買おうと思えば買えるような存在ではなかった。探し回って最初に手に取れたのが、ボロボロの河出版全集に収録されていた「一千一秒物語」だったのは、しかし、ある意味幸福だったのかもしれない。最初の出会いがその作家のエッセンスたる作品だったのだから。次がその後、作家社版の「復刻 一千一秒物語」の入手に始まり、卒業間際に発売された「少年愛の美学」から矢継ぎ早に繰り出される新刊をなめ尽くすように読みふけり、雑誌「南北」の存在に驚いたり、地方にいたときに雑誌「作家」のバックナンバーを大量に買い込んでタルホの膨大な注釈作業を参照できたことなどを、漫然と思い出すのである。飛行機趣味も、未来派への興味もかの作家の影響下なのであろう。
いま、頭記の作業で集まった同人の諸子と語らい、リーダーの手元の資料の山を崩しながら、思い出話に打ち合わせを引きずり込んでしまう素天堂は、やっぱり、みなさんの作業のあしを引っ張る存在でなければいいなと思うのだが。