神戸の収穫 古本三昧

普段はあんまり、あそこで何を買ったとか、今日何を買ったなどと言い散らすことのない素天堂だが、今回は口の脇の痙攣が「言え、言え」と強制するので、神戸巡りとは別に買い物日記をアップすることにした。例によって、ミステリとも、幻想とも関係のないものが大部分で申し訳ないのだが、あの本のことも、この本のことも書いておきたいので勝手にリストを公開する。まず最初の三宮センター街の老舗「後藤書店」の店頭本から。
天佑社版「ワイルド全集第三巻 戯曲及童話集」譯者 谷崎精二河竹繁俊小山内薫、矢口達。 表紙もない、修繕が必要な壊れ本だが、あるだけでもうれしい。それから、白水社版「プルウスト文藝評論」岡部正孝譯。あとは員数あわせの 河出書房版世界詩人全集 第二巻「前期ロマン派」第三巻「後期ロマン派」、店内での買えなかったものについては、日記のとおりだが、放出本で岩波書店版「沙翁舞台とその變遷」「岩田豊雄演劇評論集」が格安だった。ダブリ承知で思わず手が出そうになったがやめておいて正解だった。だって、次が……
絹太氏姉妹のお薦めだったが、昨年は時間切れで覗けなかった「超書店 MANYO」。大きめのビル、ワンフロアをしめる大型店舗は関東地方でもないわけではない。ないけれど、ここは異常だ。あがってすぐの文庫の並び具合はまあこんなものだろうと高をくくったのだが、後に廻って専門書のコーナーに足がすくむ。この在庫量はどうしたものだ。とりあえず美術関係から攻めることにした。なにしろ一番奥だから、そこから始めて絨毯爆撃を試みたわけだ。勿論そこそこの評価のものもあるし、それは当然だが、分量のせいで、整理しきれていないこともあり、どこに何があるか、廻ってみないとわからないのだ。絹太氏は付き合いきれずに、一回リタイアしたが、それもかまわず三時間。さすがに後半の新刊棚は流したが、とにかくスゴイの一言だ。とにかく探していた本が、あるんだ。これであと、あれとあれがあればフルハウスなのだが、とりあえずはスリーカードくらい。それでもたいしたものだと思う。
世界大ロマン全集「陽気な騎兵隊、三角ものがたり」箱こわれ。/ 人物往来社版「世界の戦史4 十字軍と騎士」赤ボールペンの線引き。同社版「世界のドキュメント 騎士の城」とともに日本における十字軍研究の基本文献。/ 平凡社版マンツィウス「世界演劇史 Ⅱ 中世篇 文藝復興期篇」箱なし。ⅠとⅢはあるのでこれはうれしい。復刻版もあるらしいが、素天堂には買えまい。/ 岩波文庫ゴーゴリ「ディカーニカ近郊夜話 前後」旧版、新版の混合で揃い。/ 新潮社版世界文学全集ゲーテファウスト其他」秦豊吉譯(ここ重要)。/ 研究社版「英米文學評傳叢書28 チャタトン」これは探求本どころか、あることも知らなかった。
状態に問題があるとはいえ、これだけ探求本が買えたら、興奮するわけだ。他に、講談社版「新版横溝正史全集1 真珠郎」早川書房版「時のさすらい人」W.コツウィンクル。さらに何冊か現行文庫を買う。
二日目は古本買いの予定はなかったが、結局実家訪問の途次、元町駅前「ちんき堂」を覗く。前回に続いて、戦後の赤本だが「フランス一の伊達男」コント・ド・ミラボオ 松村喜雄譯が目に付いた。いかにもこの訳者らしい赤本とは思えないまじめな解説と書誌がつく。個人的にも思い出深い方だが、晩年の「怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史」「乱歩おじさん」の業績を思わせる初期の貴重な仕事だろう。
最終日は、元町高架下から西へ向かう予定で、まず絹太氏ご推奨の「古書店つのぶえ」にはいった。階段の途中に積まれた放出均一本の山を目にした途端から、とりあえず半狂乱で、始めて目にするマッカリ「黒星」ほか、読んでおきたい、未入手の改造社版世界大衆小説全集をほとんど抜き取る。本同志で支えているので、下の本を取ると上の方から崩れるやまをあわただしく直し、大声で謝る素天堂。店内へ。うーん、ここも凄い。キリスト教書はもちろんだが、本を選ぶ目の確かさが品揃えを充実させている。丹念に見終わって結局、放出本以外の大衆文学全集関係二冊と古い「建築用語集」を購入。今確認すると、どうやら大正期の通信教育テキストを固表紙に製本したものらしく、当時の受験問題集や、建築法規集なども一緒に綴じられている。「用語集」については、イロハ順の語彙配列は丸善版「日本建築辞彙」に倣っているようだが、もっと実用本位に編集、記述されているのが貴重。ほかにも目には付いたけれど、角川文庫版の日夏譯「サロメ」とかマックス・ミュラー「愛は永遠に」(虫太郎本)、静思社版「スェデンボルグ著作集(これも虫太郎本、「天界の秘義」もあった)」などは今回は断念。またまた買った本の分量から、そのままもって歩くわけにも行かず、絹太氏と妹さんのお言葉に甘えて再度、実家に置かせていただいて、また、高架下へ。今回は大きく移動があって、思ったような収穫はなかった。さらに地下鉄で新開地というところまで足を伸ばした。そこで、恐るべき品揃えと手に取るのも躊躇する劣悪な保存状態の店もあったけれど、そこでは今回は素天堂にとって名著の、内田老鶴圃版 平田祐弘「藝術にあらわれたヴェネチア」のみを拾って、地下鉄駅に戻る。地下道に本屋があるということだったが、いってビックリ、地下街の片側、ほとんど全部次の駅まで本屋さんが並んでいた。ただそこでも、もう買えるものはなく(イヤ、もう充分)脱力状態で、絹太氏旧宅へ戻る。今もこうやって日記を書きながら、久しぶりの手応えに手がふるえる。
ということで、近日中にその収穫の一冊、マッカリ「黒星」篇の感想を書きます。