黒星 マッカリ(ジョンストン・マッカレー) 和氣律次郎譯 改造社版 世界大衆小説全集53  

多分結構前から、素天堂はすれっからしの探偵小説読みだったから、古書価のついた古くさい怪盗ものなんか、という気持があったのだと思う。探そうと思ったこともなかったから、この本とは今度が始めての出会いだった。改造社版といえば「メトロポリス」だったり、岡本綺堂だったりした。いわゆる旧派の探偵小説についてはやっぱり固定観念があって、どうしても手が出なかったといっていい。何で手に取ったかといえば、今考えている、ヴァン・ダイン関連の問題だった。比較のためにも(我慢して)一冊くらいは読んで置いてもいいだろう、くらいな気持だった。
マッカレーといえば自分にとっては「地下鉄サム」が定番であり、人情噺風のユーモア作家であった。その人にこんな作品があったことことはまったく知らなかった。お洒落な発端から始まり(それにもちゃんと謎と伏線がこめられている)、宝石狂いの人を殺さない盗賊(義賊ではない)の頭目と、それを追う、探偵役。かれは大富豪で正義感は満タンだが、謎を解明する力はなくて、追いかけるだけの読者よりちょっとバカな存在。探偵と怪盗が互角なのは最初の方だけ、学習能力がなく、一体、賊の必殺武器である毒瓦斯ピストルを何回浴びたら気がすむのか、というくらい浴びまくるし。魅力的な様々な謎も、すべて賊の方のひけらかしを待つほかない。行われる犯罪は大がかりな稚気にあふれ、身代わり、変装(大笑い)、秘密の抜け穴という大時代な仕掛けも楽しい。ヴァン・ダインが病床で読んで怒ったのも宜なるかな。の展開。だけど面白い。我々の世代が例えば漫画で読んだ「たんてい冒険物語」の原型がここにある。
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マスクをかぶって互いを知らない怪盗一味とか、いつでも出し抜かれる、向こうっ気だけは一丁前な探偵とか。そうだったよなあ、面白かったよなあ。とシミジミするくらい楽しかった。独りよがりかもしれないが、緊密なプロットと、血湧き肉躍る(最近こんなフレーズ見なくなった)スピーディーな展開は、巧まざるユーモアに包まれて前・後編500ページを超すボリュームを飽きさせることがない。こんな面白い作品が戦後再評価されていないのはどうしてなんだろうか。
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