その手に神が宿るとき 神宿る手 (講談社文庫)

息抜き、といっても、いつも息抜きばっかりじゃあないかといわれそうだが、ここのところのちょっと重い読書から離れてみたくなって、この本を手に取った。この作品には殺人もないし、探偵役による謎解きもない。しかし、冒頭の幻のピアニストによる突然のCD発売から、或る雑誌記者の巻き込まれてゆく事件(だろうか?)の流れは、すでに再読、三読目なのだが、未だに、飽きることがない。伝奇小説が、広義のミステリの重要な一部だとすれば、これは見事な現代における《宝探し物語》なのではないか。ここには“こけ猿の壺”も“鳴門秘帖”もないけれど、戦争という大きな流れに巻き込まれ、消えていってしまった偉大な音楽家とその発見という大きな謎が存在しているのだから。次の作品が、トニー・ケンリックの「スカイ・ジャック」を彷彿とさせる集団消失もの「消えたオーケストラ」さらに、現代伝奇小説の王道“ナチの遺産”さらに“ロンギヌスの槍”まで登場する波乱の冒険小説「ニーベルングの城」「神々の黄昏」へと進む作品群の第一作。最初に読んだのが「消えたオーケストラ」だったので。若干消化不良気味だった人間関係の疑問がこの作品で氷解した。と同時に、作家の音楽に対する思いが存分に発揮され、要所要所に登場する音楽作品の描写は、あのホテルのバーでの島村夕子の演奏描写などウットリするくらい素敵だ。この描写力があるから、この幻の人類遺産とも言えるピアニストの存在にリアリティーの裏付けがされるし、コンサート開催への畳みかけるような終結部も音楽業界の裏側を垣間見れてワクワクするくらい楽しい。そうして、“彼”の手が鍵盤にかかって、その手に神が宿った瞬間、この魅力的なミステリは終わる。