タルホの宝筺 ユリイカ2006年9月臨時増刊号 総特集=稲垣足穂

前にも名前を出した、「ユリイカ」で二十年ぶりの稲垣足穂特集だ。

白地を生かした艶のない用紙に、「夜おそく郊外電車で走った人は多分知つてゐるにちがひない。」ではじまるタルホの旧作『タッチとダッシュ』の初出ファクシミリ版と、小さな幾何学的オブジェが配されただけの、瀟洒な装幀にまず眼をうばわれる。それは表2、折り込みの目次裏へと続き、嫌でも、内容への期待を高めてくれる。その期待は巻頭の関西学院時代の足穂周辺への詳細な探索、高橋信行『「美しき学校」をめぐって』で見事に報われるだろう。〈少年時代〉が、〈少年時代というもの〉がタルホの存在の中心に厳然とある以上、この作業は行われてしかるべきでありながら、ここまで詳細に足穂少年期の現実に迫った作品はなかった。これだけでもこの特集がどれだけ心を込めて作られたかが推測できる。
さらに、戦後に於ける貴重な証言として、加藤郁乎、松山俊太郎、渡辺一考、三氏による鼎談。荒俣宏あがた森魚による対談、松岡正剛のインタビュー、研究者K氏の日常のルポなど、多面的に、丹念に足穂の外貌を炙りだしているのも貴重だ。
勿論、足穂自身に足穂を語らせるという意味では、関西学院時代に始まる十一編におよぶ未収録作品と、詳細な足穂作品の引用による年譜、没後にいたる著書目録も重要な構成要素となっている。
また、全編に鏤められたエッセイ、論考、デディケート作品群は、現在に至るも、足穂星座はその輝きを増し続け、後続の崇拝者を照らし続けていることを知らしめているのだろう。
四百ページ近いこの厚い本は、全ページを一気に、しかし、ゆっくりと熟読玩味するにたる、馥郁たる宝筺を構成していてくれるのである。
いつものように、『少年愛の美学』の頃の素天堂がらみの足穂回顧も考えたのであるが、なんだか長くなりそうだし、今回は純粋に、素敵な本の紹介に徹することにしました。