たくさんの『たくさんのお月さま』ジェイムズ・サーバー

sutendo2007-02-18

雲を笑いとばして』を読んでみないかといわれたとき、作家名を見て最初に思い出したのが、出版社名は忘れていたが訳者と挿絵のイラストレーターで覚えていた本のことでした。児童書といえば、書店の店頭でスタンドに差された、量産の知識絵本か、お説教臭い戦前の作品の再発売か、子供向けにリライトされた海外文学くらいしか市場になかったときに、当時気鋭のイラストレーターによる装幀、挿画でオリジナルな大型絵本が企画されてきました。そんな中の一冊がこの作品であります。『たくさんのお月さま/新イソップものがたり』ジェームズ・サーバー 今江祥智訳 宇野亜喜良/長新太:絵 学習研究社1965/11/10初版、今江の『たくさんのお月さま』は、皮肉の効いたストーリーと、宇野亞喜良のお姫様の絵がかわいらしく、そのあとの寺山修司『繪本千夜一夜物語』(『雑誌 話の特集』連載)でブレイクする直前の宇野の代表作といってよかったのではないでしょうか。最近「ブックローン出版」から再刊されたのだけれど、新しい宇野の、リアルなお姫様が素天堂にとっては、ちょっと寂しかった。やっぱりあのドングリ眼の王女さまが懐かしい。
その頃夢中だった庄野英二星の牧場理論社1964の主人公〈モミイチ〉の、おとなの世界から一歩退いたこころの世界とともに、たくさんのお月さまを知っていたとてもお利口な王女さまは、労働という大人の世界に早くから首をつっこまずにいられない環境だったのに、大人になるのがイヤでイヤで仕方なかった素天堂にとって、もう一つの〈知恵〉を教えてくれたとても大事な本だったのでした。
サーバーのこの作品は一九四三年、優秀な絵本にあたえられる「コールデコット賞」をとったもので、最近日本でもスロボトキンの挿絵によるオリジナル版が「徳間書店」から発表されていますが、この版にはじつは旧訳があって、「岩波」などに児童書をたくさん訳している(『ちびくろさんぼ』『ひとまねこざるシリーズ』)、舞踊研究家でもある光吉夏弥によって、終戦後の一九四九年一二月に同じ題名で「日米出版社」から発売されていました。自分の所蔵する版は翌年の再版で、四八頁のうすい本なのに、当時の紙事情のせいで、綴じによってまったく紙質が違うのがいかにも悲しい版であります。それでも総頁カラーの豪華本で当時としては破格の一六〇円だった。手に入れたのはずっと後だったけれど、意識的に、小さく書かれた王女さまの利発げな表情が素敵です。