〈吸血鬼〉と、いつから呼ばれたか?について

まず、訂正から。『民俗学の話 A Book of Folklore』ベヤリング・グウルドの初刊本の発行は、昭和五年大岡山書店でした。キーボードの滑りでちょっと古めに書いてしまいました。但し、『國學院雑誌』での連載は、大正一五年十一月から昭和五年一月である。
前回の日記関連で同書をパラパラっとしていて、気になる記述をみつけた。
同書の百四十二頁「第六章 死」では、〈サクソ・グラマチクス〉の古文献をはじめとして、死体蘇生やcannibalismの欧州諸国での例を列挙しながらこう書いている。

一七二〇年頃から低部匈牙利・寨耳比亞・ワラシヤあたりには、身震ひのするやうな浮説が行はれてゐました。それは、例の吸血鬼(をさ申す。一種の餓鬼であるが、ヴァムパイヤを譯して姑く吸血鬼と言はう)が出没して生き血を吸つて歩くといふのです。

割注の訳者の言では、定訳のないvampireという語彙を〈しばらく吸血鬼と言おう〉と書いている。それに対して戦後出版された角川文庫版(昭和三十年刊)ではこう修正されている。

(譯者申す。ヴァムパイヤは一種の餓鬼であるが、姑く吸血鬼といふ譯語に從つておかう)

ほぼ同時期に、巻中を〈吸血鬼〉という言葉が跳梁するモンタギュー・サマーズの著作が、日夏耿之介の編訳で刊行されたのが武侠社版『吸血妖魅考』で昭和六年、佐藤春夫によるポリドリ『吸血鬼』の訳が昭和七年刊だというから、今泉忠義による『民俗学の話』昭和五年での試訳が〈吸血鬼〉の日本での登場だったのではないかと思う。
幻想文学28』吸血鬼文学館、巻頭の須永朝彦、菊池英行両氏の対談でも、日本での〈吸血鬼〉という訳語の初出が確認されていないらしいから、これはひょっとするかもしれない。戦後角川文庫版では、それ以後、各所での訳語の定着があったので、訳者注の言い回しを微妙に変更したのだろう。
コメント欄に頂戴したhigashiさま直々のコメントで、以上の日記は、全くの独りよがりであることが判明しました。冷や汗三斗の思いですが、折角のご教示をこのまま生かしたく、永遠の恥さらしの刑に服することといたしました。ありがとうございました。