昔、初山滋が……

最初に『不思議の国のアリス』とその著者の〈ルイス・キャロル〉に興味を持ち始めたのは、雑誌『現代詩手帖』での種村季弘の『ナンセンス詩人の肖像』連載中の「どもりの少女誘拐者」でした。勿論それ以前から、古い絵本などに興味はあったけれども、具体的な目標が定まったのは、それがきっかけです。しばらくの間、新旧を問わず、奇妙な世界を現前させるアリス関連本に読みふけったものでした。
そんなことを考えたのは、先日『初山滋大回顧展』という東京、ちひろ美術館での展観を覗きにいったからです。そこで見た、(実は、浦和での澁澤展でも別な作品に巡り会っていました)初山による『不思議の国のアリス』原画に引きつけられたからなのですが。展観では掲載不明となっていましたが、キングスレイ『水の子』や竹友藻風譯『マザーグース』などで活躍していた、研究社『研究社英文譯注叢書』での仕事だったのではないでしょうか。ジョン・テニエルの挿絵が余りに鮮烈なために、同書での、初山の挿絵は使用されなかったのでしょうが、いま考えると、誠に残念です。現に、芥川・菊池の共訳の形で発表された『小学生全集』本の〈アリス〉が、ぽっちゃりした、不思議な存在感を持っていたの見ていただければ十分でしょう。案の定というか、当然というか色彩作品が大部分であり、折角のスペースが教科書の表紙原画(確かに画家にとって、公に認められた証ではありますが)で埋められ、重要な初期のペン画が閑却されるようなかたちになっていたのは、どんな訳なのでしょうか。武井武雄初山滋、加藤まさをなど、初期からの童画画家にとって、後期の色彩作品も重要かも知れないけれど、地味な布装だった『Alice's Adventures in Wonderland/不思議國のアリス』岩崎民平(たみへい)訳注 研究社出版〈研究社英文譯注叢書20〉、1929や白秋のARSと、菊池寛文藝春秋で争った『小学生全集』における、児童向け叢書での各画家達の、研ぎ澄まされたペン画を閑却してはならないと思います。
展覧会という〈見せるための〉催しである関係上、ヴィジュアル的に色彩作品に重きが置かれるのはやむを得ないとしても、地味ではありますが、やはり初期のペン画が見たかったと思うのであります。