『夜想』という雑誌 柳橋への小旅行

ヒョンな偶然から、ネット上でこんなところを発見した。K氏がオープン早々に展示会に行ったのは、うっすらと記憶していたが、そこでのイヴェントに惹かれた。『夜想』という雑誌とは、創刊から休刊まで、読者としてお付き合いしていたから馴染みはあったのだが、再刊された同誌のコンセプトが、自分の今とちょっとすれ違っていたので、この場所には惹かれるものはあっても、敬して遠ざける状況であった。〈吸血鬼〉というテーマで、「このメンバーなら、覗いてみても損はないでしょう」程度だったから、当然予約もしていなかった。
〈浅草橋〉という空間は、日本橋と浅草を繋ぐ場所にありながら、花街〈柳橋〉時代はともかく、現在ではちょっと地味な存在になっている。そんな場所にペヨトル工房の施設が出来るのか、そんな感慨があったので、記憶の底に引っ掛かっていたのである。まだ雨も降っていない、いかにも下町の匂いのする裏路地を抜けたところにそれはあった。二階に上がり、参加券を購入し、もう一つの目的であった、角川ホラー文庫血と薔薇の誘う夜に―吸血鬼ホラー傑作選 (角川ホラー文庫)』を即、購入。『中村雅楽全集』以外では、ひさびさの新刊本購入である。
以降、会場を巡回する。山本タカト氏の作品は、前回拝見した銀座スパン・アート・ギャラリーでのタッチとはだいぶ様変わりがしていて、より西洋的な技法が全面的に出た作風に変わっていた。イヴェントでも名前の出ていた〈ビアズリー〉や〈ハリー・クラーク〉の影響が随所に感じられるものだったが、その線の持つ繊細さは、特にモノクロームの画調に関しては、それらを越えたところまできているように思えた。耽美の極北といえる作品をワクワクしながら鑑賞していて、フッと思いついたのが萩尾望都のギャグ作品『とってもしあわせモトちゃん』にゲスト出演していていた、風邪引きの少女に薔薇をあげちゃうギャグタッチの〈エロガー・ポーチネロ〉だったのは、どうしたことだろう。
一休みしている間に、開演の呼び込みが始まり、駐車スペースに椅子を並べたような〈Galleria Yaso nacht〉に移動する。若干の時間をおいて始まったトークは、決してテンションの高いものではなかったが、内容の濃い、充実したトークショーであった。高原英里さんのゴス的吸血鬼論、東雅夫氏の正統的吸血鬼論、山本タカト氏の作品の内側におよぶ、作品論。映画についてのトークでは、クラウス・キンスキーの『ノスフェラトゥ』が話題に上ってちょっとうれしかった。そして、司会今野祐一氏の雑誌制作打ち明け話、前期『夜想』の創刊秘話は、オールドファンにとっては貴重な証言であった。特に雑誌『牧神』との関係は、思わず、ポンと手を打ちたくなるエピソードであった。
情報誌『ぴあ』の同じ号に掲載された〈はみ出し情報〉で告知された幻想文学同人誌『金羊毛』と内田善美ファンクラブ『ルナジュモン』の会員募集で、結局〈内田クン〉の方を選んだ素天堂にとって、不思議に懐かしいひとときが味わえた、極上の時間でありました。展示会場に戻ってソエさんに挨拶、さらに東さん、aikoさんに『黒死館逍遙』新刊第六号を手渡して、外に出たら、予報通りの雪空でありました。もっとも、隅田川を越えたら無情の雨に変わってしまったのだけれど。素天堂における柳橋と「駒形どぜう」の不思議なエピソードに関しては、また、次の機会に。