〈Ultimate Ideal〉Reading Method of this Book

まず足穂を読むといえば、ちゃぶ台か、木製のミカン箱でなければならない、かもしれない。
しかしそれでは足穂の制作の秘密に付きすぎてしまう。百歩譲って、マホガニーか黒檀の、そうだなあ、1800×1000ミリくらいのドッシリとした机が欲しい。さらに高い木製の背もたれと肘掛けを持った、ゆっくり動くキャスターの着いた椅子が必要だ。机の上には銀製の灰皿と、金の葉巻皿。封を切った二本のハヴァナだけ置く。部屋は十畳くらいの周囲の壁を書棚で覆った窓の小さい部屋になるだろう。窓を厚いカーテンでかくし、左に置かれた照明スタンドを点灯する。照明はそれで十分。
椅子に深く腰掛け、姿勢を正し、おもむろに、真ん前に置いたその本を開く。
目次を見ると、見覚えのあるタイトル、見たこともないタイトルが並ぶ。任意のページを開くと、読んだことはあるはずなのに、奇妙な違和感を感じる。文末には不親切に、初出の表示がない。当然あなたは、「あれっ」と思うだろう。何処かに、資料はないか手がかりを他のページに見付けようとする。なんと本の末尾から横組で解題があるではないか。その薄水色のページを焦り気味にたぐると、「なんだ、あるじゃないか」。
 掲載順に並べられたタイトルの項目には、初出も校異も書かれている。テキストは、テキストとしてオリジナルを味わい、解題は、改めて後から攻めるように構成されていたのだ。そうすると、自分が記憶する内容との違いはどこにあるのか、それを探りたくなるのだね。書棚に行き、筑摩版全集を出そうとするが、それほど熱心な読者ではないあなたは、探したいタイトルがどの巻に収録されているかなんてわかるはずもない。
そこで、以前買ったあの分厚い『ユリイカ九月臨時増刊号 総特集稲垣足穂』の巻末に、字は小さいがすべての収録作品を一覧できる「稲垣足穂著作目録」があったことを思い出す。そこで、やっと収録巻を捜し当て、箱から出して比べてみる。そうやって、一作一作を読みふけっているうちに、夜は白々と明けることなく、永遠の夜に、あなたは過ごすことになる。
息抜きは、右手に置いたハヴァナに火をつけ、背もたれに背をゆだねて紫色の煙を、スタンドの上からもれる光の帯に差し掛けることくらいだろうか。そうやって、見たことのないタイトルも実は、あなたの知っていた、あのタイトルの別ヴァージョンだったことがわかったりする頃には、あなたの机の上はタルホの洪水と化していることだろう。
この書を前に思いついた夢のまた夢。〈究極の理想〉たる所以である。