まぼろしのしろ まぼろしたてもの(訂正増補)

ギャラリー・オキュルス」〈幻影城の時代展 2008年9月16日(火)〜26日(金)〉オープニングに行って来ました。六時半、開始早々だというのにすでに廊内は立錐の余地もない。無理矢理という感じで入ったものの本日の主賓には近づくことも出来ない。やっと見付けたIさんも、他のお客様との応対に大わらわである。それでも何とか来意を告げると、早速島崎博さんにご紹介下さる。その僅かな数語の間にも到着した他のお客さまの挨拶が割り込んでくる。おお、この方が石上三登志さんなのか。おお新保さんが、いらっしゃった。という具合だ。何人か見知り置きの方もいらっしゃるのだが、立ち話もままならない。それでもなんとかIさんのご紹介で、島崎さんにバックナンバーをお手渡しすることが出来た。内容を見て頂くその間にも、他の方の挨拶は続く。三十年に渉る大きな宿題の提出をやっと終えた安堵感から、その場の喧噪にいたたまれなくなってしまった。本多さん、Iさんにお礼の挨拶をして早々に「ギャラリー・オキュルス」をでた。角の「石黒書店」を覗き、坂を下って五反田の駅前に出たものの、目当ての店は改装したらしく、今の気分では入る気になれず、気分は盛り下がったまま駅前の奇妙な立ち食いそば屋で、空腹だけを満たして帰宅する。


島崎さんの本格ミステリ大賞特別賞受賞による〈帰朝〉という僥倖のお陰で果たせた宿題だったが、この数年に渉るたくさんの方々のお引き立てもあって、ミステリというこの不思議な世界の、極片隅ではあっても、繋がることのできたありがたさをかみしめた夜でもあった。たぶん、これで〈まぼろしたてもの〉は〈まぼろしのしろ〉の呪縛から離れられるのだろう。添付したピンぼけ写真は、その夜の「オキュルス」にかかる月。
熱に犯されていたせいで、すっかり書くのを忘れていたのが、村上芳正、楢喜八、渡辺東の諸氏をはじめとする展示品のことだった。渡辺氏の作品は『宝石』誌上で発見し、中学校時代はその点描手法を夢中になってなぞったものだ。特に「ミステリ百科事典」でのヴィニエット風なカットに魅了されたもので、その印刷原稿そのものの展示は『幻影城』よりさらに遡って懐かしいものだった。Iさんは村上芳正の大きな「ルードウィヒ/神々の黄昏」のオリジナルポスター原稿だという作品を見せてくださったが、メインの肖像の顔がどう見てもアラン・ドロンであったのは、なかなか面白かった。パーティーの喧噪の中で、十分な鑑賞は出来なかったが、やはり、遠い昔に一瞬近づけた感じの時であった。