ちょっとした違和感から始まる、大げさな感想

昨日、東京創元社から白い事務用封筒が届いた。忘れかけていた『中村雅楽探偵全集』のおまけであった。開けてみたら推理文庫本編と全く同じ造りの装幀がうれしかった。所が表紙がチョット違っているような気がした。素天堂の記憶では例の鍵の部分に濃いグリーンの網がかけられていたように思ったのに、廻りの子持ち罫も含めて、茶色の単色だったからである。手元にあった古い版のヴァン・ダイン『誘拐殺人事件』1961を確認すると、記憶は間違っていなかった。

「フーン、付録だから刷りを簡略化してるのか」と思ったりした。ところが、自分にとっては最新の蔵書の一冊である『雅楽全集』の第一巻のカヴァーを外してみたら、表紙は茶色一色なのであった。最近はカヴァー付きが当たり前なので、ちっとも気が付かなかったのだろう。

八四年版の『シニョール・ジョヴァンニ』は、二色だった。気になりだしたら停まらずに手当たり次第に、創元推理文庫のカヴァーをめくって見た。『犬博物館の外で』1992は茶の単色、『魔術ミステリ傑作選』1979/1991は茶と緑の二色。切り替えの時期はこんなところだろうか。素敵な冊子のお礼がとんでもないことになってしまったが、どうやら、違和感は解消出来た。
書棚では、本編の全集と並べることになるこの冊子。『車引』の原型の再録もさることながら、編者日下さんの楽屋話は何よりの贈り物でした。当然かもしれないけれど、あの日下さんでさえ、徳間版の『グリーン車の子供』を知らない時代があったのに驚かされもしました。
中学時代の古本屋通いから『黒魔術の手帖』の掲載誌探しに至る『宝石』のバックナンバー漁りが教えてくれた〈雅楽〉という魅力溢れるおじいさんは、素天堂を夢中にさせたものでした。ところが、年表を見ても分かる通り、デビューから三年は作家として順調に発表が続いていたのに、『ラッキー・シート』以後は、立風書房による豪華版の再録以外は、企画ものの一冊であった『美少年の死』を除くと、『グリーン車の子供』がノベルズ版で出されるまで、十二年の長い間があったのです。探偵小説というジャンル自体の退潮と共に忘れられていた雅楽の世界は、「グリーン車の子供」という作品の受賞があって、初めて再評価されたのですね。晩年の乱歩による文芸畑の作家の呼び込みは、最も日本的な舞台である歌舞伎の世界から、最も英国的な、エンスージアズムとしての探偵作家と言う、世界に誇るべき成果を残したのだと思う。そうして、ここに纏められた、淡々と亡くなるまで書き続けられた数々の宝玉は、素天堂にとっては終生の宝物になっていくわけです。
いまから5年も前に書かれた貴重な証言を見付けました。関寺真知子さんへのコメントには全面的に賛成です。