プラネタリウムのドーム

巨大市場がはき出す空気を吸い込んで、魚臭が微かに漂う、雨上がりの築地市場駅から、若干戸惑いつつ地上出口を出る。朝日新聞社を後に銀座方面に向かう。歩き慣れた界隈なのだが、たった五年で結構店の出入りがある。昭和通を跨ぐ歩道橋のエスカレーターが妙に懐かしい。
目的の展覧会場のお店は同じ丁目の北のはずれだが、このあたりを少し見てみたくなってこの経路を選んだ。しがない落第勤め人とは言っても、多少は行きつけの店だってあったのだが、気がつくようなところは、代が変わったり、駐車場になってしまっている。銀座も昭和通沿いの衰退は目に余る。とはいえ中央通りから外堀通りの賑わいは、周囲の喧噪を横目に、泣きながら校正原稿を社に戻していた頃と全く変わっていないように見えた。
コリドー街のあたりは土曜日だというのに歩くのもままならないくらい人だかりがしている。大昔は小さな画廊が犇めいていたこのあたりも、今風の飲み屋さんが盛んだ。お目当てのKAJIMAはちょっと路地の奥まったところに小さな看板が出ているだけなので、横町への入り口付近の、派手な雰囲気に霞んで見つけづらいかも知れない。エレヴェーターもない(ように見えたが)小さなビルの細い階段を上がっていく感じは、○十年前に訪れていた、友人たちの個展へ足を踏み入れるような思いがした。そこは勿論バーではなかったけれど、小さなストゥールがあって、卓の上には、いつでも封の開いたウィスキーのビンと友人がいたものだった。
写真展の会場のKAJIMAは入ってみるとまず落ちついたカウンターがあって、お目当ての本多さんが見えなくて一瞬戸惑ったが、奥のギャラリースペースはユッタリとした椅子席で、そこに本多さんとお連れ合いのSさんがいらした。挨拶もそこそこに、展示された作品を拝見する。勿論各所で見慣れた名作、夕景に伸びる中井さんと本多さんの影の作品も勿論あったけれども、彼の本領が、街や建造物にあったのを初めて拝見した。素天堂もよく覚えている渋谷の宮益坂のはかり屋とか、今はなき五島プラネタリウムの見事な〈遺影〉が目を惹いた。特にその一枚のモノクロのグラデーションに浮き上がるプラネタリウムのドームが素晴らしく、一瞬ブーレのニュートン記念堂を思わせる迫力でした。

以後三時間、古本話、美学校話、写真話に引き込んでお騒がせの独演会でした。今週末のイヴェントには残念ながら参加できませんが、素敵な晩をありがとうございました。
ノンビリと表へ出たものの十時を過ぎても人通りは多く、泰明小学校脇の裏道を数寄屋橋に抜け、日比谷のガード下をさまよいつつ、なくなった店、未だ盛業を続ける店を見ながら、到着した都営三田線日比谷駅から無事帰宅を果した。