宮益坂をのぼる

前回の日記で書いた本多さんの写真展を観て、思いだしたことでも書いてみようか。
東急東横線渋谷駅は、住んでいた私鉄駅から一番近い盛り場であり、遙か、小学三年生の社会見学の頃からのお付き合いだった。高架駅の改札口を出て、左に向かえば「東横百貨店」だが、小学生にとっては、右に向かって都電の停留所を跨ぐ連絡通路を抜ければそこは、素敵なアミューズメントセンターだった。今はなき「東急文化会館」である。
初めて引率されていった「天文博物館五島プラネタリウム - Wikipedia」が、小学生にとってはその後、〈星の聖地〉となった。乏しい小遣いから年に一、二回ではあるが通い続けた物だ。数年後、創刊当初の『SFマガジン』を知ったのは、プラネタリウム内ロビーの売店ショウケースであった。訳も分からず買い込んだのだが、それが素天堂にとってどれだけのショックだったかは、以前http://klio.icurus.jp/kck-dic/frame.htmlにも書いたことがある。創刊号はもうそこでは売り切れていて、それを手にしたのは十年以上後のことだった。それだけではない、切手のコレクションも、同館内のスタンプショップだったし、すぐに飽きたがミニ・モデルガンも、やはり館内のショップだった。最初に観た洋画は、奇妙なSFコメディ『ムーン パイロット』、同館の「渋谷東急」であった。
渋谷駅からの連絡通路をそのまま通り過ぎて、左に折れると宮益坂へ出る。郵便局を向かいに坂を上ると、今はなくなってしまったようだが、喫茶店トップ」の宮益坂店があった。坂を上りきったところには、新旧の二四六号線の分岐を挟んで二軒の古本屋さんがあって、場所柄、洋書の見切り本の多い本屋さんだった。特に、はかり屋さんのとなり「正進堂」は、素天堂のお気に入りで、手を真っ黒にしながら店中をほじくり返して、買わせて貰ったものだった。今でも手元に残る一九二〇年代のA.CALBET挿絵入り『Aphrodite』は、その中でも、最高の拾い物だった。


フランス装のオリジナルのままだったが、年月を経て表紙が壊れそうだったので、今では自分で改装して書棚に並べている。
そうだ、十字架の聖ヨハネの『カルメル山登攀』のスペイン語版もあった。多分小牛だろう鞣し革で包まれた黒いシンプルな装幀は、中身に相応しいふくよかな弾力と強靱さをもっていて、手放して十年以上たった今でも、そのエロチックな感触は忘れられない。エミール・ゾラの佳品『夢』の挿し絵入り軽装本も、そんななかの一冊だが、何故か、ブラックホールに消えた本の一冊になってしまっている。
お店は現在ここに移転したが、多分店売りはしていない。
結局、生温ふるほん話になってしまったが、やっぱり、渋谷について話し始めると長くなってしまう。そのうちに、道玄坂方面のことでも思い出してみようか。