さて何処へ 時とところのアラベスク(七)

明け方吹き荒れた台風だったが、早くに北へ消えていって、静穏な朝になった。ゆっくり目の朝飯を頼んだので、本日の予定である「明治村」を検索すると、既に休園が決まっているらしい。K氏はがっかりしている。取りあえず折角犬山にいるのだから犬山を見てみることにした。豪勢な朝食を一時間かけて終わらせ、五時の帰館を伝えてまだ曇り空の木曽川べりへ向かう。今では名鉄専用軌道の橋になった「旧犬山橋」を見に行く。

美しいトラス橋である。対岸の見事な光景にK氏が声を上げる。残念ながら、増水で〈ライン下り〉はお休みだが土手から見える「犬山城」に向かう。
地図を手から離さないナビ氏と話して、手前の織田有楽斎縁の庭園に向かう。方向は間違っていないようなのだが、大きなホテルは見えるのに、入口が見つからない。不安げな相方をよそに工事中のホテルエントランスを奥に進むと、不親切な掲示がやっとあった。なかに受付が見えて一安心。入口でもめている一段を尻目に庭園を巡る。苔むした庭は、朝までの雨を吸って活き活きとした濃い緑で覆われている。何処をとっても絵葉書になってしまう、整った佇まいは実際、息を呑む美しさである。ユックリと歳古りた樹木の間を散策して、門を出ると、作業中の生垣の向こうから、不安そうな二人連れのおばちゃんが。もちろん意地悪な素は、「この先ですよ」などと教えてあげない。

閑静な住宅地を抜け坂を上りきるとそこが犬山城の登り口である。如何にも城への道らしく、上りづらい急坂であったが、悲鳴をあげる前に天守閣前にたどり着く。有楽苑で購入した共通観覧券で入場。本物のお城の風格は、地味ではあるが興味深い構造で面白かった。最上階は吹き込む嵐の名残で、高所恐怖症の素には表の手摺にまで出るどころではない。犬山のパノラマも早々に、下城する。

帰りは城を取り囲む神社を経由して街に戻り、すぐに見つかった次の目的をよそに「喫茶 蔵」で一服。紙製の車山の模型に感心しながら、「からくり人形館」へ。残念なことに、近々行われる特別展の準備で大きな工事中だったが、からくり好きな素の目の色が変わったのを見越してK氏もお付き合いしてくれる。埃っぽい会場を後に向かいの「資料館」に入ると、そこには車山の実物があった。踊り場に飾られた地元の画家さんの「からくり」を題材にした油絵が見事だった。
古い街並みを犬山駅方面に歩き出し、途中の五平餅をつまみ食い。街並みを抜けていざ、昼の食事でもと思ったときには、もう二時をまわって、お目当てのお店は休憩中。ユックリし過ぎた報いなのである。さっき、満腹のせいでパスした食事処を悔やんでも始まらない。結局犬山駅近くの辛うじて営業していたラーメン屋さんで人心地をつける。醤油のきついスープが、確かに懐かしかった。
次の目標は、東京にいるときから目をつけていた近辺の古本屋さんめぐり。まず一軒は、明治村方面のバスターミナルの方向である。かすかな素の土地勘と地図を頼りに、住宅地の真っ只中にある本屋さん。駅から続く住宅街に不安げなK氏に、いつもの能天気な確信のない「大丈夫」を連発する。と、10分以上歩いたところで、バスの道裏に大きな「古書」の看板を見つけた。大きな新しいお店だったが、品揃えもよく、ユックリと買い物ができた。住宅街の裏手にあって、ここまで来てくれるお客がいるかと心配するK氏だが、大丈夫、わざわざ東京から来る物好きだっているのだから。
続いて、もう一軒と、さっき飯屋を探しているときに見つけた新古本屋。一軒はあるだけ、もう一軒は寂れたショッピングビルの一角だったが、なぜかシャッターが下りて休み。とにかく、収穫はあったのだからとなだめながら、又、古い街並みを今日の宿に戻る。途中、ガイドマップにある喫茶店「ふう」による。店内カウンターを埋め尽くす、音楽関係の書籍雑誌。ご店主の趣味だそうだが、二人とも大満足。のんびりはしゃぎながら、戻る途中、夕焼けを撮ろうと提案してくれたので、朝の「犬山橋」まで戻る。なかなか絶景であった。

夕飯のメニュウは今日もたっぷり。二日連続歩き通しで、お疲れ気味のK氏。長いが充実した犬山散策の一日だった。