まぼろし二題

夏のコミケが終わって、一息、例年楽しみにしている東急東横店の「古書市」。今年も、例年より件数は絞られたものの、十分すぎる成果だった。日本オリベッティの広報誌『SPAZIO』の創刊から四冊を手始めに、虫太郎が『黒死館』作中で名前を挙げた本が、今の日本で新刊で入手出来るという、奇跡としか思えなかったアナトール・ル・ブラース『ブルターニュ 死の伝承』の全訳本。更に、ちょっと高いとは思ったがアメリカ建築の裏の歴史ともいえる『Unbuilt America』の抄訳本『幻のアメリカ建築』。建造されることのなかった建築構想の集大成である。コンラート、シュペリヒのドイツ表現派建築の研究書『幻想の建築』と並んで、貴重な建築プロパーからの「幻想」へのアプローチが形になったものだ。実は原書は所蔵していたのだが、訳本は当時高価で手が出なかった記憶がある。まずまずかなと思って、帰宅して驚いた、あの薄い抄訳本に途轍もないプレミアがついていたのである。じやあ、高いとは思ってもお買い得だったのかと驚いた。これで『幻想の建築]』が入手できれば、最終刊のテーマに関する参考資料はすべて整い、旧蔵の書棚に近い復元が可能になる。まず、これが一件。
もう一件は、その本が届いた晩のことだが、到着した荷を開き、盛り上がっているところに家の電話が鳴ったのである。不正確ではあるが、素の名前を指名してきている。怪訝な顔をしたK氏から電話を引き継ぐと、ある編集プロダクションからのものだった。何でも「密室ミステリ」に関するムックを制作中だという。どう見ても、素天堂には力不足だからそう言ったら、旧TS社のTさんのご推薦だという。お話はありがたいのでお受けすることにして、内容も内容だし、メールで改めてアンケートを送ってもらうことにし、メールアドレスを口述した。復唱して確認したから間違いないはずなのだが、その晩送って来るはずのメールは、一週間を過ぎても到着しない。先方の名前も書き留めていないこちらも不備だが、それにしてもあの電話は幻だったのだろうか。