人情話の夜

誕生日のプレゼントに、K氏が用意してくれたのは、なかのZERO大ホール「春風亭小朝 独演会」だった。ご幼少の砌から下々の演目を好み、ラジオから流れる円生の喉をしぼるような独特の発声や、金馬の頭の後から出るような高音を聞いて育ったから、落語は少年期の教養の基本だった。長じて、都心部を徘徊するようになって、いわゆるホール落語も何度か聞きに行った。東宝名人会で、まだ朝太の時代の古今亭志ん朝の大きく華やかな芸風に眼を瞠ったりしていた。偏屈な素天堂にしては珍しく、ごく僅かな例外を除いて、演目も演者も好き嫌いなく聞いていた。いつの間にか離れてしまっていたが、素天堂のつかう、紋切り型の言い回しはその頃の残滓に違いない。いつの間にか話芸にはまっていた、K氏が揃えたCD全集の演目を脇から見ても、ほとんどが馴染みのものだった。根が嫌いではないから、あれば聞くし、話もする。そんな中でこんなプレゼントを考えてくれたと思う。
まだ、落語の独演会を聞くという経験がなかったが、緞帳が上がってすぐに、落語の世界に浸ることができた。まずは体の大きな三遊亭歌武蔵。その筈で力士出身だという。演目はその力士時代のエピソードを中心としたもの、時事ネタの中に小学生の〈大きな内緒話〉がでてくるのが、後で利いてくる。
続いて小朝の新作?『カラオケ葬』関西落語風のにぎやかな演目。続いて、講談風の『池田屋』話にメリハリがあってテンポがいい。中入りの後、翁家勝丸の『太神楽』。トリは小朝、賭け事好きな左官のエピソード、吉原の大店から呼ばれてきていく着物がなく、お上さんに半纏を渡して、自分が女物の着物を羽織って出掛けるのだが、暫く聞いても演目が思い出せない。お上さんが立ちあがる最後のオチは思い出したのだが。
娘が身を張って父親を諭す下り(ここで大きな内緒話が登場する)から、吾妻橋の身投げに出逢うまで、話が大きく当然だが聞き手を引き込む。大きなドンデンがあって、そこから大団円に向かう流れの途中、心配した大家の主人が呼ぶ手代の名前を聞いて、やっと演題を思い出す。『文七元結もっとい』だよ。そうだよ。円生、円楽と続いた三遊亭の名演は何遍聞いたことか。お上さんに袖を引っ張られ、遂に筋を曲げる江戸っ子に涙ぐみながらの大笑い、大拍手で緞帳が降りる。
自分は初体験だったが、どの演目も小朝の十八番だそうで、いい贈り物だった。会場を出て、K氏が当たりをつけておいてくれたちょっと離れた焼鳥屋で祝杯。機嫌良く帰宅できた。