ふしぎなめまい

先日依頼があって、アンケートに協力させて頂いた冊子が手元に届いた。
図説 密室ミステリの迷宮 (洋泉社MOOK)
〈ミステリのプロが選んだ本当にすごい密室アンケート〉と称する、きら星の如く居並ぶ著名の方たちの中に、ヒッソリと無名の暗黒星が潜む。編者のヒトガタと思しき人形の足下に浮かぶ三文字が妙に沈んで見えるのは気のせいばかりではないだろう。みなさんの挙げる書名のいくつかは自分にも親しい物だったし、(どころか、今部屋を見回すとそこここに点在さえしている)なのに、何故か居心地の悪さを感じるのは何故なのか。試みに読んだ覚えのある物、手許にある物を見ても例えば『くたばれ健康法』アラン・グリーン、『黒い霊気』『見えないグリーン』ジョン・スラデックなどいつでも手の届くところにありながら、どうしてトリックが印象に残っていないのか。アラン・グリーンなどは別冊宝石の特集号で読んでさえいたのに。面白かったからこそ文庫で買い直しもしているのに。そのくせ、日本人作家たちのある部分には手も触れていない。
大昔、ミステリ読み始めの頃は乱歩の入門書、教養文庫版『探偵小説の謎』を参考に、名作、古典を読み漁っていた、はずなのだが、読めば読むほど本来のミステリ世界からずれてきているこの体たらくはどこから来ているのだろうか。
読書は自分にとってずっと趣味、娯楽の世界の物だったから、一切のジャンルわけをしてこなかった。境界を設けないまま自分の気に入った作品だけを読み漁ってきたものだから、いつでも分類がアヤフヤであった。ジョン・スラデックなど角川文庫のディッシュとの共作SF『黒いアリス』が一番面白かったと思うし、ユーモア・ミステリならウッドハウスの『マリナーもの』にとどめを刺す。ホラ話と言えばクラークの『白鹿亭奇譚』だな。そんな見方だから、きっちりジャンルで括られるといつでもお尻がかゆくなるのだ。
勿論このご本は、素天堂の居心地の悪さに関係なくよくできたガイドブックでもあるし、ある意味、幅広い世界を持つ密室という概念を定義する研究書でもある。まして、見返しにあるかわいい密室の略図たちに見られるように、本当に密室が好きで好きで堪らない方々の信仰告白でもあるからこそ、素天堂のような読書の鵺の居心地が悪いのは当然かも知れない。それでもお誘い下さった、関係者の方にはお礼を申し上げる。どうもありがとうございました。