世の中に読まねばならぬ本などなく

書かねばならぬことなど何もないと思って生きてきた。
書ければ書くし、読みたい物だけを読みたい時に読めばいい。
そんなノンシャランを、一人の人物の死が揺さぶりを掛けたのである。
本当にそうなのかと、何時も会えばニマリとこちらを見透かしながら、古書業界の業態に一大変化をもたらし、誰にも造れない雑誌を残していったその男が問いかけてきたのだった。
小柄な体躯と軽妙な軽口が身上だった彼に、何時も預けていた『黒死館逍遙』最後の一冊を届けられなかったのが悔やまれる。