古本天使スイス編

K氏がこのところ『ダクダク』の元本『チバ時報』収集熱に罹っているのだが、その重篤度は増しこそすれ、治まるところを知らない。こちらは未だに旧約の世界に溺れて浮き上がる気配もないので、あまり一緒に遊ぶこともできないのだが、いつの間にか欧州の古都、薬屋さんの本拠地バーゼルに程近い、チューリッヒの古本屋さんとコンタクトをとっていた。
船便扱いの航空便というよくわからない制度があるらしく、日本到着まで一週間近くかけてやっと届いたそれは、通関で粘着テープでぐるぐる巻きにされた段ボール箱で、まあ、日本で付き合いのある本屋さんでいえばクライン文庫の荷造りのようである。
思った時間より早く配送が到着したので、食事の支度もどっかにいって、梱包を二人で解し始めた。いかにも欧州の古書肆っぽい洒落たシールが貼ってあって、それを別にはがしたり、手伝うというか邪魔をしながら、開梱を続けると、シッカリ固定して、エアクッションと地元の新聞紙(これは本屋さんの定番)で充填された現物が姿を現した。
興奮も絶好調、食事の支度はすっかり吹っ飛んで、状態のいいクリップ止めのファイルで綴じられた本誌が現れる。試しに、一組のファイルを手にとり、パラパラやってみると、何ということかK氏の話では独語版にしかないという「ダクダク」の写真が表紙の「イニシエーション」特集が入っている。これはもう、古本天使のご光臨に違いないとか、酒もまだ飲んでいないのに、まるで酔っぱらいのような寝言をぬかす素天堂であった。
と、いうわけで熱も若干収まり、特製鴨鍋の晩餐に突入、素天堂の寝てしまったあとで、整理を続けた彼女が、夜中に悲鳴を上げたらしい。その経緯はK氏自身が書いているのではしょるが、結構ショックは大きかったようだ。細かい事情も聞けぬまま職場に行って一日気にしていたのだが、即日先方から丁寧な返事があったということだった。話を漏れ聞くと、双方覚束ない英語でメールのやりとりをしていて、まるで「チャリング・クロス街84番地」のアン・バンクロフトアンソニー・ホプキンスのようなやりとりをしているらしい。そんないいものかという突っ込みがどこかから聞こえてきそうだが、まあ、そんなところだ。