巷のホンヤさんの鑑 新生堂奥村書店

前に書いた古くからのお店とは、銀座三丁目、松屋通りの京橋より、マロニエ通を築地に向かって昭和通を渡った二つ目のビルで古書を営む、ホンヤさんである。特に名を秘す必要もないから改めて書くけれども、二時間を超す久しぶりの懇談で感じたこと。
お若いように見えるが、ご主人は今年傘寿を迎える。十年前の火災による店舗と貴重なコレクションの焼失という大きな障害を乗り越えて、今なお、お客さんからの売り込みの山を抱え、在庫の山と取っ組み合いつつ古書と暮らしていらっしゃる。ご本人は、それでもなお、お店に明らかな性格を持たせられなかったと、悔やんでいらっしゃるが、じつは街の中にポツンとおかれたお店を、番台正面の文学、演劇の棚に見られるように、くっきりと商品の水準を保ちながら、どこの本屋さんでも命綱の、コミックともビニ本とも縁無く続けるということの厳しさは、本屋さん巡りが趣味の素天堂には、よくわかっているつもりなのである。
どの本屋さんも、初回には山ほど買える本があって当たり前、二度三度と繰り返すうちに棚の色が薄くなって、向かう足が間遠になってしまう中、何時いってもそれなりの買い物のある本屋さんなどというものは、神保町でさえそうあるものではない。店主の、本に対する鋭い感覚があるからこその品揃えではないかと思う。街々から個人経営の小さな古本屋さんが無くなりつつある現在、まこと、中央区文化財に匹敵する存在ではなかろうか。
今工事中のあたらしい歌舞伎座が出来るまではお店を続けたいと仰有る奥村さんだが、地方からの買い取り依頼が頻繁に続くというのも、ご商売の的確さとご主人の人徳のなせる業ではないかと思っている。心地よい今では稀な江戸弁のご挨拶を聞きながら、出来ればご本人の負担を軽くして、もっとお店を続けられる算段はないものかと、余計なお世話を考えつつあの日はK氏共々お店を後にしたのである。