こうであらねばばらぬという論理的帰結

 緑魔子様 ご肖像
神保町シアターで念願の『盲獣』をみる。全編で三人だけの禁欲的な構成で、徐々にあり得ない〈愛の世界〉へと引きずり込まれてゆく。演出上、血が出ていないとか、体にいつまでたっても傷がついてこないとか、この極限状態において、結構ひんぱんにパンツが替えられたり、などといろいろ小さな疑問点が生じてくる。
だが、荒削りながら畳みかけてくる構成と、食卓の荒んだ光景や周辺の小道具の念入りな設定が、主役二人のこちらに被さってくるような迫力と相俟って、そんなことはうしろに隠れてしまう。
監督増村保造はこの劇で、乱歩が見せ物趣味で隠したかった〈潜在的な欲望〉を見事にえぐり出して見せた。論理的帰結といえば、大昔、女装姿で縊り死んでいったあるジャズドラマーのことを思い出した。窮極の快楽とは結局そこを目指しているのだろう。
実は、いつものように、何か書く前に資料を検索するのだが、〈なにさま映画評 →→→→→〉さんのこちらでの分析で、素天堂のいいたいことが言い尽くされているようなので、どうぞ御覧になって頂きたい。とにかくシネマスコープ版で観賞できたことは嬉しい。