黒の世界と薄茶の世界

つい夢中になって、PDF化作業に入れ込みすぎて、K氏に叱られる。体を動かせ、出掛けてこいと号令がかかる。見たい見たいといいながら腰が重いので、腕を引っ張られて、渋谷へ出た。「シネマヴェーラ」で好企画「フィルム・ノワールの世界」未見の作品が多いなか、エリッヒ・フォン・シュトロハイムの晩年の未公開作『グレート・フラマリオンThe Great Flamarion』である。構成自体は不実な愛人に裏切られた老芸人の復讐劇だったが、シュトロハイムの役に徹したリアリズムが凄かった。拳銃曲打ちの名人という華やかな舞台姿の自信に溢れた最初の頃と、騙された事に気づくまでの、高揚感。一転して相手の女を捜す、落魄してゆく惨めさと偏執狂的な執念を、徹底して自分の身体で見せる凄さ。もったいないくらいにシュトロハイム・ショーだった。勿論、代表作『サンセット大通り』や『大いなる幻影』も勿論映画史の金字塔には違いないが、フィルモグラフィーにも残らないようなB級作品でも手を抜かない俳優根性に脱帽したい。
もう一本は『過去を逃れてOut of the Past』、題名の何だか生やさしさにあまり食指が動かなかったのだが、初期のロバート・ミッチャムを見るだけでもいいかと思ったのが大間違い。文字通り「フィルム・ノワール」の見本のような作品だった。監督はホラーの大傑作『キャット・ピープル』のジャック・ターナーだと後で知った。見終わってすぐの感想で『キャット・ピープル』を連想したのは、陰影が特徴的なライティングのうまさだったのかもしれない。映画は米国西部の田舎町タホ湖の畔、不吉な一台の車の登場から始まる。寂れたガソリンスタンドに現れた男と、その経営者ロバート・ミッチャムとの奇妙な会話。結局ミッチャムは逃れた過去に連れ戻される。その過去には、まだ無名のカーク・ダグラス扮する闇世界の成功者がいた。一筋縄で行かない複雑な性格の男を、さすがカーク・ダグラス好演している。
呼び出されたのは、ある女ジェーン・グリアを連れて帰るという任務であった。その女はダグラスの情婦だったが、彼をピストルで撃って逃げたのである。そのうえ四万ドルも持ち逃げしていた。絶世の美女という言い方がぴったりの女だが、その実、自分の欲望のためなら周りの人間を殺しても構わないとんでもない悪女なのであった。ここから、この女を中心にした複雑極まりない事件と〈愛欲〉の連鎖が始まる。複雑ではあるが話は難しくない。うまく纏められた筋立ては周辺の登場人物を破滅に向かわせ、結局ミッチャムも女の策謀のまま、捨てた過去に嵌まり込んで女共々カタストロフへと落ち込んでゆくのである。いやあ、面白かった。
一日おいて十日は打って変わって静謐の世界。「大正・昭和のグラフィックデザイン 小村雪岱展」大正から昭和にかけて、独特の画風で活躍した絵描きさん。特に泉鏡花を中心とした装丁でも有名。小さくて地味だが過ごしやすい美術館だった。